第1回のまとめ:前回のクラウドファンディングの報告書より
2026/5/19 10:00
この活動報告では2024年12月に実施したクラウドファンディングの成果をまとめています。このまとめは第1回のクラウドファンディングのご支援者の皆様にあてた活動報告の引用となります。
ご支援くださった皆様へ
2024年末、私たちは「サイレント閉館調査プロジェクト」のクラウドファンディングを実施しました。271名の方々から、合計2,268,564円のご支援をいただきました。
拡散にご協力いただいた方、応援をいただいた方、実際に体を使ってご協力くださった方、そして寄付という形で応援してくださったすべての方々へ、改めて心よりお礼申し上げます。
あれから約1年半が経ちました。この文書は、皆様のご支援によって動き出したこのプロジェクトが、何を調査し、何を発見し、何に行き詰まったかをお伝えするものです。華やかな成果報告ではありません。しかし、調査を通じて私たちが発見したこと、感じたことをご支援いただいた皆様に読んでいただけたら幸いです。
なお、これ以降は記録性を重視するため常体にて書かせていただきますことご了承ください。
活動報告概要
- この1年半でやったこと:全国の閉館事例に関する調査を継続しつつ、「ミュージアム」「閉館」の定義整理を進め、あわせて閉館が迫る館のコレクション/展示室のデジタル記録にも取り組んだ。
- わかったこと:閉館の実態を把握するための公的統計が乏しく、また「休館/閉館/統合/リニューアル」の境界が曖昧であるために、サイレント閉館が見えにくくなる構造がある。
- 行き詰まったこと:デジタルデータを「残す」ためには、撮影以上に整理・公開・継続管理の設計が難しく、現場判断が多く発生する。知見の蓄積が必要である。
- 次にやること:閉館プロセスの伴走調査 、閉館経験のある関係者インタビュー、閉館DBへの情報蓄積の3つを柱に、知見の蓄積を継続する。
報告書本文
0. はじめに
一般社団法人路上博物館は2020年5月の創業以来、「博物館はもっと面白い」をビジョンに掲げ、博物館のコレクションを社会に開いていく活動を続けてきた。
3Dプリントレプリカを路上に持ち出し、普段は博物館に足を運ばない人々に博物館資料のレプリカを触ってもらう。博物館資料をデジタル化し、研究者やクリエイターが使えるデータとして公開する。そうした活動を通じて、博物館と人々の距離を少しずつ縮めようとしてきた。
そんな我々が「閉館」という問題に目を向けるようになったのは、今振り返ればある水族館の閉館のニュースがきっかけであったように思う。50年以上の歴史を持つ京急油壺マリンパークが閉館するということを知り、この場所をデジタルデータとして記録したいと考えた。建物や展示空間の3Dスキャン、水槽の映像記録などを実施し、バーチャル空間上に水族館を再現する「VR京急油壺マリンパーク」を公開した。
当時、世界的にCOVID-19が猛威を振るい、これまでの日常が一気に変わってしまっていた。外出も自粛され、公共施設は軒並み利用者が激減していた。
もしかしたら、博物館の閉館は増えているのかもしれない。そんな疑問も生じた。
調べ始めてみると、確かに増えているような気がする。しかし、それ以上に驚くべき実態が見えてきた。新聞やブログの記事などで見る限り、全国でミュージアムの閉館が増えている可能性が高かった。しかし、閉館の増加以前の問題として、その閉館の実態を把握した統計データがどうも存在しないのである。文化庁を含む行政機関も、閉館の状況を継続的に追跡していない。どの館がいつ閉じ、そこにあったコレクションがどこへ行ったのか、誰も把握しておらず、調べるための仕組みが存在しない。
博物館のコレクションを社会に開こうとしてきた路上博物館にとって、これは見過ごすことのできない問題であった。開く以前に、コレクションそのものが消えていく。その現実に向き合うために、サイレント閉館調査プロジェクトを立ち上げることになった。
とはいえ、正直なところどこから始めればよいのかも分からないまま、まずは認知拡大を目指すこととし、2024年10月よりクラウドファンディングを開始した。
1. 閉館により何が失われるのか
ミュージアムが閉館するとき、何が失われるのかを最初に整理したい。
閉館によって失われるものはいくつもある。組織が解散し、一部の職員は職を失う。そこに集っていた人々も居場所を失う。そしてコレクションは行き場を失う。これらはどれも重大であり、願わくばどれも失われないでほしいとも思う。しかし極論、ヒトは自己の進む道を自分で決めることができる。別のより良い職場やコミュニティを見つけることができるかもしれない。
問題となるのは物言わぬコレクションたちである。
ミュージアムに収蔵されている標本、民具、文書、美術工芸品などなど。これらは自ら声を上げることができない。自ら行き先を探すこともできない。誰かがケアしなければ、ただ静かに朽ちていくのみである。閉館後に担当部署が消滅し、権利者が高齢で亡くなり、管理者が不明になる。その時点で、コレクションは社会的に存在しないも同然になる。
本プロジェクトが問題とするのはこの部分である。ミュージアムという施設自体がなくなることではなく、そこで築かれたコレクションとその文脈が失われることが、社会にとっての最大の損失なのである。逆に考えれば、コレクションとそこへのアクセスが失われなければ、ミュージアムの閉館自体はそこまで悲観する必要もないかもしれない。
2. 閉館すること自体は問題ではない
前提として確認しておきたいことがある。昨今ミュージアムが閉館すること自体は致し方ない部分がある。
人口減少、財政難、担い手不足、施設の老朽化などは社会の構造的な問題であり、個々のミュージアムや自治体だけで解決できるものではない。時代の変化とともに既存の施設が閉じていくことは、避けられない現実である。繰り返しとなるが、本プロジェクトの目的は閉館を止めることではない。
問題は閉館の「プロセス」にある。
3. サイレント閉館とは
閉館には二種類あるようにみえる。
一つは「良い閉館」である。コレクションの引き継ぎ先が決まり、記録が残り、関係者の合意のもとで幕が閉じられる。建物も組織もなくなるが、コレクションはその後も社会に存在し続ける。ヒトに例えて考えると、良い閉館は「終活」や「生前葬」に近い概念だと考えている。自分がどのように死を迎えるかを意識し、準備することで、残された人々と財産を混乱なく次へと繋ぐことができる。ミュージアムの閉館においても、当事者がコレクションを残すプロセスを設計することが、良い閉館を可能にすると考える。
もう一つが、問題となる「サイレント閉館」である。告知もなく、記録もなく、コレクションの行方も定まらないまま、気づいたときには閉まっている。そこにあったものが今どこにあるのか、誰が権利を持っているのか、誰も答えられない状態になる。閉館後に担当部署が消滅し、権利者が亡くなり、管理者が不明になる。こうなってしまうとそのコレクションには誰もアクセスすることができなくなり、存在意義を失ってしまう。
コレクションは単にモノの集合ではなく、そこにコト(情報)が加わってこそ意義をもつ。この点、コレクションはまさに「生命」なのだとも感じる。一度死んでしまった生物の体をどういじったとて命が戻ることはないように、コレクションとその情報のつながりも一度絶たれてしまえば、よほどの奇跡がない限り再度そこに価値が生まれることはない。
良い閉館の実例はすでに存在する。しかし私たちは現時点で、それを類型化できるほどの観察を積み重ねられていない。どのような条件が揃えば良い閉館が実現できるのか。何が良い閉館を妨げているのか。これを明らかにするためには、さらなる観察と記録の蓄積が必要である。
4. サイレント閉館問題の解決とは何か
サイレント閉館問題を考えるとき、ミュージアムを一律に論じることはできない。施設の性質によって、コレクションの位置づけも、求められる対応も異なる。私たちは大きく三つに分けて考えている。
4.1 小規模な私設ミュージアム
小規模な私設ミュージアムのコレクションは、本質的には所有者の私物だ。それをどう扱うかは、まず所有者の判断に委ねられるべきである。閉館に際してコレクションの引き継ぎや維持管理を強制することはできない。まして、高齢化や財政難で閉じるミュージアムにそれを負担させるのは残酷なことである。
しかし、コレクションを残したいという意志がある場合は別であるとも考える。逆にその意志を財政的な理由で断念させてはならない。望まれるのは、小規模私設ミュージアムの閉館に際して活用できる助成金が整理され、希望する施設が適切な支援を受けられる環境が整うことである。繰り返すが、財政的な負担を施設側に押しつけることは本意ではない。
4.2 大規模な私設ミュージアム
動物園や水族館を例に挙げればわかりやすいが、大規模な私設ミュージアムは研究機関としての側面を持つことも多い。そこに収蔵されるコレクションは、単なる私物という枠を超えた学術的・社会的価値を持っている。
実際に私たちは、京急油壺マリンパークの閉館に携わり、その際に公開した3Dモデルを通じて、後に海外の研究者からコレクションの現状について問い合わせを受けた経験がある。閉館後もコレクションを必要としている人間がいる、という現実をそこで目の当たりにした。
大規模な私設ミュージアムには、できる限り予算を確保し、コレクションの維持と継承に努力することが望まれる。そのためにも、私設ミュージアムの閉館に際して活用できる助成金制度が体系的に整理されることが重要なのではないか。
4.3 公設ミュージアム
上記のカテゴリとは大きく異なり、公設ミュージアムのコレクションは公費によって収集された公的財産である。それが閉館とともに雲散霧消することは、市民、県民、国民にとっての明確な損失であり、本来許容されるべきではない。
公設ミュージアムには、良い閉館を実現する義務があると考える。そのためには、閉館に向けた予算確保のワークフローが明確に、強く言えば「法的に」整備される必要があると考える。
しかし問題はそこだけではない。閉館が決まってから慌ててコレクションの整理に取り掛かるのでは遅い。日常的な運営の中でコレクション整理のための予算が継続的に確保され、着実に整理が進んでいく体制こそが求められる。コロナ禍で改めて実感することとなったが、ミュージアムの閉館は突然に訪れる。平時からの備えが、良い閉館の可能性を高める。
5. 調査してわかったこと
5.1 「ミュージアム」の定義
調査を進める中で最初にぶつかった壁は、定義の問題だった。ここまでの文章中でもあえて博物館ではなく、ミュージアムと表記してきた。ここで我々の博物館とミュージアムの使い分けについて説明したい。
国際博物館会議(ICOM)は「博物館」を「有形及び無形の遺産を研究、収集、保存、解釈、展示する、社会のための非営利の常設機関」と定義している。しかしこの定義に従うと、調査対象から外れてしまう施設が多数存在する。個人が運営する小規模な展示施設、営利法人が設置した資料館、行政の登録を受けていない民間のミュージアム、これらはICOMの定義には当てはまらないが、貴重なコレクションを抱えている。そしてそれらが閉じるとき、コレクションは誰にも気づかれないまま失われていく。
コレクションを有しているかどうか。私たちはこれを唯一の基準として、営利非営利を問わず、幅広い施設を「ミュージアム」として調査の対象とすることにした。この定義の拡張なしには、サイレント閉館問題の実態を正確に把握することはできないのではないか。
なお、調査対象の定義とは別に、解決策としての介入の強度は施設の性質によって異なる。すべての施設に同一の対応を求めることは現実的でも適切でもない。前述の三類型はこの観点から整理したものである。
そして、日本全国のミュージアム(及び博物館、博物館相当施設)の閉館状況を体系的に把握した統計データは、現時点で存在しない。文化庁を含む行政機関も、全国の閉館状況を継続的に追跡していない。これはサイレント閉館問題に先立つ、より根本的な課題であると考える。問題の全容を数字で示すことができない状況自体が、この問題の深刻さを物語っている。
5.2 「閉館」という事象の曖昧さ
次にぶつかったのは、「閉館」という事象の曖昧さである。
休館、閉館、統合、リニューアル、これらの言葉は一見明確に区別されているように見えるが、その実態はそれらの境界線が思いのほか曖昧であることが分かってきた。世の中には「休館」と発表されたまま再開の見通しが立っていない施設がある。「リニューアル」の名のもとで、事実上コレクションの大半が解体・処分されるケースがある。A館とB館が統合してC館になったとされるが、実質的にはAの要素がほぼ消えてBだけが残る場合がある。災害等で一時的に休館となったが、その後再開時期が示されないまま年月が経過している施設もある。
利用者や社会の側から見れば、これらは「閉館」と実質的に変わらない。しかし当ミュージアム、管理組織にとっては「閉館ではない」ため、コレクションの保全や記録のプロセスが発動しづらい。この曖昧さが、サイレント閉館を見えにくくする一因になっているように感じた。
何をもって閉館とするのか。どのタイミングで危機感をもつべきなのか。この部分の言語化、感覚を磨いていくことが調査の精度を高めるために不可欠なのかもしれない。まずはこれも事例を集め、整理していくことから続けて行く必要がある。
5.3 データを残すことの難しさ
本プロジェクトでは、調査と並行して、閉館するミュージアムのコレクションをデジタルデータとして記録・保存する活動にも取り組んだ。2025年3月、鳥取県境港市にある海とくらしの史料館のご協力を得て、収蔵コレクションと展示室のデジタル化を実施した。2泊3日、ボランティア2名(非常にプロフェッショナルなボランティアの方々が集まってくれた)を含む4名体制での収録活動であった。
行ってみて初めてわかったことが多かった。今にして思えば当たり前にも思えるが、データを残すことは、想定していたよりもはるかに大変な作業であった。何を記録するか、どの形式で保存するか、誰がどのように管理するか等々、現場で判断しなければならないことが次々と出てきた。収録したデータをどう整理し、どう公開し、誰がその後を引き受けるかという問題は、撮影そのものと同じくらい重要であり、同じくらい、あるいはそれ以上に難しい。
今回の取り組みで得た知見を活かし、やり方をさらに洗練させていく必要がある。これは今後の課題として正直に申し上げておきたい。
そして、改めて平時にデータを蓄積していくことの重要性も肌で感じることができた。
閉館間際に急ピッチでデータを記録することも、記録がないよりもはるかに有意義である。しかし一番良いのは、平時からコレクションのデータベースが整えられ、いつでも誰でもコレクションを有効に活用できる状態が保たれていることだ。閉館が迫ってから始める記録作業には、時間的な制約も、人的な余裕も、予算も、すべてが不足する可能性が高い。日常的な整理と記録の積み重ねこそが、良い閉館を可能にし、コレクションを次の世代へつなぐ最も確かな方法なのだということを改めて実感した。
6. 今後の活動について
今後は以下の3つを柱に活動を進める予定である。
第一に、ミュージアム閉館の観察とプロセス検証である。良い閉館を広げていくためには、閉館自体をより理解する必要がある。通常のミュージアムの業務と異なり、ミュージアムの閉館はなかなか経験できるものではない。世の中には知見が足りていないように思える。これについてはすでに具体的な観察候補がひとつあり、現在関係者との調整を行っている。
その閉館プロセスを伴走しながら記録することで、良い閉館を実現するための知見を蓄積する。この伴走で完全な意味での「良い閉館」を実現できるか、というとそれは困難かもしれない。しかし観察し、記録し、何が課題だったかを残すことで、次に活かすことができると考えている。何よりも我々は閉館に対する知見を蓄積していかなくてはならない。
第二に、ミュージアム業界の関係者へのインタビュー調査である。閉館を経験した学芸員、閉館問題に取り組む研究者、小規模ミュージアムの運営者など、彼らの声を集め、現場の実態と課題を明らかにしていきたい。
第三に、全国の閉館事例の調査継続である。閉館データベースへの情報蓄積を進め、個別事例の記録を積み上げていく。
またこれらの活動を進めるにあたり、次のフェーズからは路上博物館理事の齋藤和輝がプロジェクト全体の責任者として担当する。実を言えば、今回のクラウドファンディングにおいても、調査・イベント管理など齋藤理事が全てこなしていた。ただ、クラウドファンディングの旗振り自体を私・森がやってしまっていたので、今回の総括は無理を言って書かせてもらった感じである。そのため、体制が変わるというほどのことではなく、森も裏側で小言を言いつつ、より齋藤理事が表に出てサイレント閉館プロジェクトに関する発信を行うことになる。皆様におかれても、見守っていただけたらありがたい。
7. おわりに
本プロジェクトを通じて、私たちはコレクションを「残す」ことの重要性を訴えてきた。しかしそれは、ただただ保存していればよいということではない。
路上博物館がこれまで一貫して主張してきたことがある。
「博物館は、図書館のように『目的に応じて資料を使える場所』になるべきだ」という主張である。
それが博物館が生き残っていくための唯一の方法だと考える。
図書館には老若男女が集まり、それぞれが自分の目的に沿って自由に滞在している。研究のためでも、仕事のためでも、創作のためでも、アクセスは開かれている。
博物館では同じことができないのであろうか。いわゆるプロの研究者だけでなく、ものをつくる人、ビジネスに活かしたい人、何かを知りたい人等々、多様な目的を持つ人々に対してコレクションへのアクセスが平等に開かれてはじめて、博物館は社会にとって不可欠な存在になると考える。そして社会にとって不可欠であることが、博物館が存続するための最も確かな根拠となる。
博物館のコレクションが開かれた社会をつくること。そのためにまず、コレクションが失われないようにすること。この二つは、切り離せるものではない。
サイレント閉館問題に取り組むのは、決して閉館の喪失を嘆くためではない。
残されたコレクションが、より多くの人の目的に応えられるよう開かれていく未来のためである。
2026年4月12日
一般社団法人路上博物館 代表理事 / 館長
森 健人








