研究紹介:パッとチッ
2023/3/27 11:21
皆さんの中には「イルカは超音波を出して周囲の環境を認知する」ことを知っている方も多いのではないでしょうか。今日は,ちょっとマニアックなイルカの超音波の研究について紹介します。
イルカは,頭部にある発音器官で人間の耳には聞こえない超音波をつくります。これを用いて,光の届かない海中でも餌となる生物や,岩などの障害物を認知することができます。この超音波のことを「クリックス」とよびます。
クリックスの性質は,実はイルカの種類によって違い,大きく2種類に分けられます。
まず1つは,すべてのハクジラ類のうち8割の種が出す音で,幅広い周波数を含んだ音です。「パッ」という手をたたくような音をイメージしてもらえるとよいでしょう。もう1つは,全体の2割ほどの種が出す音で,周波数が130kHz付近に集中した音です。「チッ」というマウスのクリック音のような音のイメージです。
「チッ」の音は,ネズミイルカやスナメリなど,ハクジラ類の中でも特に小型の種によって使われています。実は,「チッ」の音はとても周波数が高く,彼らの主要な天敵であるシャチには聞こえないのです。ネズミイルカやスナメリは体が小さく,普段は単独または少数の群れで行動しているため,いったんシャチに見つかると逃げ切ることが困難です。そのため,自分の居場所をできるだけ知られないために,「チッ」の音を使っているのです。
一方,「パッ」の音は,ハンドウイルカやカマイルカなど,多くのイルカが使います。この音は,「チッ」よりも低い周波数と高い周波数を両方含みます。周波数が低い音は,より遠い距離まで届く性質があります。また,周波数が高い音は,より細かなものを見つけることができます。そのため,「パッ」の音のほうが,「チッ」よりも遠くの物体や細かな物体を見つけられます。どちらにも,それぞれメリットがあるのですね。
この「パッ」と「チッ」の音は,どちらもイルカの頭部にある発音器官という「肉のかたまり」の中で生まれます。同じ肉の中から,こんなにも性質の違う音が生まれるなんて不思議ですよね…?
頭のどの部分が,どのように働いて2種類の音を作っているのか,科学者たちがこれまで様々な学説を立ててきましたが,まだ,これだ!という結論は出ていません。音という目に見えないものが,発音器官のどこで「パッ」と「チッ」になるのかを証明するのは,とても難しいことだからです。
これまで,解剖,CT撮影,かたさや音速など組織の特性…色々な角度から研究を行ってきました。常に新しい方法を試すので,「この通りにやればいい」というお手本はどこにもありません。時々,自分がどこに向かっているのかと不安になることもありますが,まだ誰もたどりつけていない真実をめざして道なき道を進んでいるところなのだ!と,探検家になった気持ちで自分を奮い立たせています。
いつか自分の手でこの謎を解き明かすまで,あきらめず研究を続けていきたいと思います!
← Back to all activity reports