汐凪も私も学んだ熊町小学校
2026/9/6 12:10

復興の名の下で解体されていく震災前の大熊。図書館、文化センター、中学校、保育所・・・。仕方のないことと思いつつも、震災前の町民にとっては寂しいものです。
一方、解除されていない帰還困難区域や中間貯蔵施設エリアでは比較的震災前の場が残っています。震災前の営みを感じさせる神社やお寺。津波の傷跡を残す熊川区公民館、諏訪神社、栽培漁業センター。原子力事故によって放置され、植物の海に飲み込まれている学校や幼稚園。中でも熊町小学校については、大熊町でも遺構保存の検討が始まっています。学校は、この地域住民が明治以降に整備してきた歴史でもあります。特に中間貯蔵施設エリアの8割の地権者が土地を国に手放していることを考えれば、東日本大震災前のここの歴史が消えて無くなる可能性が高い。しかしこの小学校は今、東日本大震災、原発事故、今の社会について、そして震災前のこの地域について学ぶ学校になると活動の中で感じます。人災によって奪われた地域として、だからこそせめて熊町小学校くらいは残してほしいと思うのです。
「学校を2011年3月11日に戻して次の世代に手渡したい」
大熊町の先輩が漏らした言葉です。植物の海に飲み込まれている熊町小学校を緑豊かな学びの場として自分たち住民で取り戻していく。なんて素敵な思いなんだろうと感じます。それに関わりたいという若い住民や移住者も少なからず声をかけてくれます。しばらくは我々年寄りが中心になって動いていかなければなりませんが、行政の力、そして皆様のお力をお借りしながら、将来熊町小学校が震災前にもまして魅力的な学びの場になることを願って活動を続けていきたいと思うのです。
汐凪のバースデードネーションも残すところあと3日です。皆様のご支援、お力添えをお待ちしております。


