事業の目的
当会の令和6年能登半島地震 被災地支援活動の記事リスト
日本経済新聞(Web) https://www.nikkei.com/compass/content/PRTKDB000000003_000109661/preview
読売新聞オンライン https://yab.yomiuri.co.jp/adv/feature/release/detail/000000003000109661.html
産経新聞 (Web) https://www.sankei.com/pressrelease/prtimes/O7I3I4NB7NKE3BOA4OMPXWBHE4/
東洋経済オンライン https://toyokeizai.net/ud/pressrelease/65dbeba4af6d349e0b00000a
プレジデントオンライン https://president.jp/ud/pressrelease/65dbe6beaf6d349ea7000004
2016年 熊本地震
「がんばっぺ、熊本。」 福島からの励ましに勇気を頂く
自然災害の中でも特に地震は台風などと異なり、あまりにも唐突に襲って来るので、精神的にもダメージが大きいと言われています。被災された熊本の方々は「しょんなかたい、がまだすばい。(しょうがないよ、がんばるよ)」と歯を食いしばって前に進まれました。
2013年に現地支援したときに知り合いになった福島の方々から、たくさんの「熊本がんばれ」レター(寄せ書き)を頂きました。その多くは、小学生・中学生からでしたが、私たちが2013年に福島で会ったときにはまだ小さな子どもだったのに、私たちのことを覚えていてくれたのだと、ひとりひとりの顔が浮かんできて思わず涙が溢れました。
そして、更に、その頃中学生だった子たちは、もう高校生になっていて、皆さんで連日連夜街頭募金をやってくださって、なんと高校生だけで30万円もかき集めて、「がんばっぺ、熊本」の熱いメッセージと共に送ってくださいました。「中学生のときに福島で被災した子たちが、街頭募金で集めてきてくれた恩返しの義援金だよ。まだ高校生だけど皆さんの先輩たちですよ。パワーあるでしょ。負けたらダメですよ。」と伝えると、被災地の方々もボランティアの方々も「がまだすばい。」とそれぞれの顔に一瞬の笑顔が灯りました。
世界史に残る大きな災害を乗り越えた福島の同志の方々からの励ましは、熊本県民の心に「この程度で弱音を吐いたらダメだ」と熱い勇気を与えてくれました。災害時はもちろんお金や物資も大切ですが、このような「ココロのビタミン剤」も大切です。高校生たちが集めてくれた30万円はその金額以上の大きな価値がありました。まさかこんな形であの子たちに再会することになるとは想像もしませんでしたが、「あのとき福島に行っておいて本当に良かった」と心の底から思えた瞬間でした。この福島の高校生たちは日本の宝だと思います。
同様に、大変光栄なことに、日本中の多くのNPOや市民団体の方々が支援物資や義援金を託す先として、わたくしたちを選んでくださいました。2013年に福島で現地支援を行ったときに大変お世話になった現地NPOの「ザ・ピープル」様からも義援金や支援物資を届けていただきました。福島もまだ大変なことをよく知っていただけに、ありがたさと共に、金額以上の重みを感じ、大変身が引き締まる思いでした。この場をお借りして福島の皆様に厚く御礼申し上げます。更に、長年支援してきたタイや、ミャンマーの方々からも暖かい励ましの言葉と義援金が届きました。
わたくしたちは、これからも国境、人種、宗教、言葉の壁を乗り越えて、常に被災者の方々に寄り添い、そして被災地と被災地を繋ぎ、勇気のバトンが渡せる支援活動を目指したいと考えています。
震災直後から半年間に渡って行ってきた活動は:
- ボランティア受け入れ(全国から集まったボランティアの方々の宿泊、食事の提供)
- 炊き出し(現場で調理)
- 配食サービス(本部で作って届け、現場で温める)
- 傾聴
- 足湯
- 銭湯への送迎
- 避難所での茶話会(カフェ交流会)活動
- 被災地域での元気づけのマルシェ(フランス語で臨時市場)の開催
- 玉名温泉への癒しの小旅行
- 落語家会の開催
などなど、それぞれの避難所で求められる必要性の高い支援を行いました。
2020年 熊本豪雨
「必要な物を、必要な場所に、必要なときに、届ける」
7月3、4日と降り続いた豪雨により九州の南部を中心に甚大な被害が発生しました。この災害による熊本県での死者は65名、浸水、倒壊など、被災した住宅は1万棟以上にのぼりました。
当会では道路が一般通行可能となった7月7日に人吉市に調査に入り、その後被災者に対する支援活動を開始しました。まず、全国の有縁の方々からから集まった物資や購入品(水、レトルト食品、インスタント食品、タオル、殺菌用品、衛生用品、オムツ、ブルーシート、スコップ、作業用品、古着)を人吉市や球磨村の避難所を中心に配布を行い、その後、炊き出しや、大学生や高校生のボランティアの方々の協力をいただき、流木の撤去等の復興支援活動を行いました。
長年被災地支援をやっておりますと、トラック満載の支援物資がどこかの役場におろされて、受入作業(書類の作成)に何日も費やされ、必要としている被災者になかなか届かないというような話をよく耳にします。またボランティアを名乗り出てくれる方はたくさんいるのに、どこに行ったらいいのか分からなかったり、ある場所に集中してしまったりというような話もよく聞きます。
わたくしたちは、点在する数多くの避難所に軽トラで何度も往復し、援助いただいた支援物資を無駄にすることなく、タイムリーに、直接被災者の方々に届けることだけを考えて行動しました。
また、全国各地から集まってくださったボランティアの方々がわたくしたちの本部で寝泊まりされていたので、毎晩夜遅くまで情報交換をして、どこに何が足りないかといった生の情報が集積できていました。そしてボランティアが少ない場所を優先して、ボランティアのリソース配分をしました。
「現場を知り、必要な場所に、必要な物を、必要なときに、届ける。」わたくしたちは毛細血管のような役割を持つ団体であろうと心掛けています。
これまでの活動
被災地支援実績
(*は資金調達による後方支援のみ)
1984年 アフリカ大干ばつ(*)
1991年 島原普賢岳噴火
1993年 北海道西南沖地震
1995年 阪神・淡路大震災
1999年 トルコ地震(*)
1999年 台湾地震(*)
2008年 ミャンマーサイクロン
2008年 中国四川省地震(*)
2011年 タイ水害(*)
2013年 東日本大震災
2014年 フィリピン台風(*)
2016年 熊本地震
2018年 西日本豪雨
2020年 熊本豪雨
2020年 チベット・コロナ禍支援(*)
2020年 熊本・マスクプロジェクト
2022年 アフガニスタン地震(*)
(2023年1月現在)