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エッセイ「わたしと食」②

2026/1/26 17:12

エッセイ「わたしと食」② Main Visual

③学生団体ラッキー渡航班 鈴木文

私が食と聞いて思いつくのは、家族で昔から通っている天ぷら屋さんだ。お店の前には桂川が流れていて、車を降りると同時に、厨房が見える窓の中が料理人さんたちと料理の湯気で慌ただしい。石の階段を上がってその横を通り過ぎると良い匂いがする。中に入ると女将さんの「いつもおおきに」の声。そんな天ぷら屋さんに行くと私の気持ちが落ち着いて感じる。普段は家族それぞれ忙しくしていて、日常の中ではわざわざ話さないようなことも、ここに来ると自然に話題に上がる。将来のこと、最近の悩み、昔の思い出、普段なら絶対口にしないことまで、料理を待っている時間が気持ちを和らげてくれる。食事の場が、家族の心を繋ぎ直してくれる瞬間だと思う。また、家族全員食べるのが早いという共通点がある。毎回のように大将から「ほんま昔から食べはるの早いですねー!毎回合わせるように準備してるんですけど間に合いませんわー!」と言われるのがお決まりになっていて、そのたわいのない会話もお店での時間の一部になっている。この会話を聞くとまた同じこと言ってはるわと思うと同時に、「毎回同じこと言いますけどね〜!」と言う声が。このお店にこないとできない会話。このやりとりも楽しい。

知り合いや親戚と行く時はまた少し違う時間になる。どこか背筋が伸びるけれど、緊張ではなく、大事に時間を楽しむような空気が流れる。その場にみんなで来れたこと自体が、みんなを大切に思う気持ちの表し方にもなっているような、このお店は「人と人の距離感」まで豊かにしてくれる場所だ。

季節によって旬の食材を使った料理が毎回楽しみで、運ばれてくるたびに思わず声がでるほどお皿や器が素敵なものばかりで、見た目も綺麗、味はもちろん美味しい。特に裏メニューのカニのコロッケは味はシンプルながらも別格で、カニの甲羅を器にして私の前に登場すると「またこれが食べられる」と、嬉しくなる。もはや私がこのお店に来る目的はこれを食べるためだと言い切れてしまうほどだ。季節の変わり目をお腹と心で感じれているようで、この時間がとても好きだ。

しかし、この数年で変化もあった。コロナの流行が落ち着いて、インバウンドの増加で外国人観光客が増え、お店は前よりも賑わっているように感じる。お店の魅力が広く知られるのは嬉しい。でも、世代交代やメニューの変更で、毎回楽しみにしていた季節ごとの変化が前より感じにくくなっている気がして、「前も同じだったな」と思う瞬間が増えてきた。ほんの小さなことかもしれないが、ずっと通ってきたからこそ少し寂しい。海外のお客さんが増えてお店が盛り上がっているのはすごくいいことだと思う。それでも、昔から通ってきたお客さんたちがどんどん離れていってしまうのではないか、そう感じてしまう自分もいる。

それでも私は、これからもこのお店に通いたいと思う。変わらないでいてほしいという願いと、時代の流れと共に変わっていくのが当然だという理解が、どこか心の中で動いている。でも最終的には私がまた食べに行きたいと思うのは、このお店で過ごす時間が、料理そのもの以上に大切なものだからだ。

食と私。それは、味だけでなく、「誰と時間を過ごしてきたか」を思い出させてくれる存在。これから先の人生でも、きっと食は、私の大切な人との思い出を繋げてくれるだろう。



④学生団体ラッキー渡航班 亀田鈴葉

食卓に高野豆腐が並ぶと、今でも胸の奥がじんわりと温かくなる。

私にとって食は、ただお腹を満たすだけの行為じゃなくて、誰かの思いが形になったものだと感じている。そのことを一番強く実感したのは、高校生のときだ。体調を崩して食欲がまったくなくなり、何を食べても味がしない時期があった。そんなとき、私の前にそっと置かれたのが、お母さんが作ってくれた高野豆腐だった。

湯気の立つ器に、じゅわっと出汁を吸った高野豆腐がふわっと座っていて、ひと口かじると優しい香りが鼻の奥にまで広がった。ずっと重かった胃が不思議と受け入れてくれて、その温かさが喉を通るたびに、心の中までじんわりとほぐれていくような感覚だった。薄味なのに、身体の奥にすっと沁みてくるような安心感があって、体調を気遣うお母さんの声と重なり、その瞬間の味と温度は、今でも思い出せる。

その出来事がきっかけで、私はすっかり高野豆腐にハマってしまった。体調が戻ってからは、ほぼ毎日のように一丁丸ごと食べていた時期もある。出汁のしみ込み方で味の印象が変わったり、その日の体調によって食感の柔らかさが違って感じられたり、冷やしたらまた全然違う食べ物みたいになったり。「こんなちょっとしたことで味って変わるんだ」と、毎回小さな発見があって楽しかった。食べることがまた楽しみになって、自分の身体が少しずつ元気を取り戻していくのを感じられた。

この経験は、私が食とどう向き合うかを考える大きなきっかけになった。もちろん栄養の知識も大事だけど、それ以上に食べる時間に安心や喜びを感じられるかどうかが、心と身体の健康につながっているんじゃないかと気づいた。誰かと一緒に食卓を囲む温かさ、作った人の思い、そして自分が「おいしい」と素直に思える瞬間。それは、教科書などでは測れない大切な栄養だと思う。人は食事からカロリーや栄養素を取るけれど、それ以上に、誰かと一緒に食べたり、丁寧に作られたものを味わったり、そういう小さな体験が心の健康を支えてくれている。逆に、食事が栄養だけの作業になると、心はどんどん疲れてしまう。配信を流しながら黙々と食べたり、忙しさの中で味を意識できないまま流し込むように食べたり。個食や孤食が続くと、食事はただ生きるための行為に変わってしまう。

だから私は、食事が社交の場として持っている力を大切にしたい。誰かと一緒に同じものを食べるだけで、人は自然と心がほぐれていく。言葉が通じなくても、「おいしいね」と笑い合うだけで距離が縮まる。それこそ心の健康につながる大事な時間だ。

私はもともとネパールにこだわりがあってボランティアサークルに入ったわけではなかった。「誰かの力になれたらいいな」という、ほんとうに軽い気持ちで入っただけだった。

でも、一回目の渡航で全部が変わった。ネパールの空気、人のあたたかさ、流れる時間のゆっくりさ、そして子どもたちのまっすぐな笑顔。それら全てに心をつかまれ、帰国する頃にはネパールの虜になっていた。

「もっと関わりたい」と思う自分がいて、そこから活動への向き合い方も自然と深くなっていった。今、私はネパール・マッチャカンヤの学校で栄養教育のプロジェクトを考えている。ただ栄養を届けるだけじゃなくて、「食べることが嬉しい」「おいしいってこういうことなんだ」と感じてもらえるような時間を大事にしたい。食事にほんの少しプラスの栄養を添えることで、新しい視点や気づきが生まれるかもしれない。そして子どもたちには、毎日を健康に、楽しく、安心して過ごしてほしい。さらに、食べることの楽しさやおいしさを誰かと共有したり、自分の食べているものに小さな喜びを見つけたりするきっかけを届けたいと思っている。

私にとっての高野豆腐のように、食が誰かの心と体をそっと支える力になればいいなと、思っている。















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Representative:中島悠貴 山口夏凛

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