核兵器をなくす日本キャンペーン事務局の松村真澄です。12月2日、48歳の誕生日を迎えます。
来年は、広島と長崎に原爆が投下されてから80年。いまだに12,000発以上の核兵器が存在し、「核兵器を使うぞ」という脅しもかけられています。いま、改めて被爆者のみなさんの言葉を聞き、そのメッセージを受け継ぎ、核兵器の非人道性を振り返らなければなりません。核兵器をなくす日本キャンペーンでは、そんな思いから”Hibakusha Dialogue”をスタートしました。2026年3月まで行います。日本各地で平和のメッセージを響かせるため、みなさんのサポートをお願いします。
Hibakusha Dialogueの詳細はこちら:https://nuclearabolitionjpn.com/archives/7766
Story
私は、2004年から国際交流NGOピースボートスタッフとして活動し、ラテンアメリカ(ラ米)での交流プログラム作りを担当してきました。音楽、スポーツや文化を通じ、人々が言葉の壁を乗り越え心が通い合うことを目指して、葛藤の毎日でした。失敗ばかりでしたが、明るいラ米の人々に助けられました。
「ヒバクシャ地球一周 証言の航海」(おりづるプロジェクト)が始まった2008年からは、現地での被爆証言会を仲間とともに企画し、通訳に入りました。そのときまで被爆の実相を全く知らなかった私は、一生懸命に勉強しました。原稿を読み込み「皮膚が垂れ下がる状況を、どう表現したらいいのだろう」「放射線の怖さをしっかり理解できる言葉は」「被爆者が一番訴えたいことを、伝えることができるだろうか」
訳していくうちに、ひとりひとり違った原爆投下の体験があり、差別と恐怖に苦しんで過ごした日々があり、助けたかったひとを助けられなかった悲しみがあることを知りました。そして、思い出したくないつらい経験を話してまで、「繰り返されてはならない」ということを伝えるまなざしの強さを、となりでじんじん感じていました。いつしか、通訳という形で受け継いだ被爆の実相を、私自身も話せるようになっていました。
ラ米の人々は、感情を豊かに表現する人々です。証言を聞くとすぐに近寄り、お礼や感想を述べたり、たくさん質問をしたり、「よく生き抜いてくれた、よく話してくれた」と抱きしめたりしました。内戦や虐殺の記憶を持つラ米の人々も、「同じ地球に生きているのだから喜びもつらさも共有しよう」という気持ちを、言葉と態度で示してくれました。
ラ米は、世界初の非核兵器地帯条約、トラテロルコ条約を成立させた地域。近年でも、中南米諸国の代表が集まると、自らの地域が平和の地域であることを確認します。非核地帯であることを、誇りに思っているのです。そんなラ米リーダーたちを見ていると、世界は平和に向かっていくのではないか、と感じられました。
しかし、世界では戦争が続き、核兵器が使われるかもしれない、という危機にさらされています。人類滅亡までの残り時間を示す「終末時計」は、2年連続で過去最短の90秒となりました。まったなしの状況です。
そんな私たちにとって、今年は特別な年となりました。長年、核兵器の非人道性を訴え、核兵器の完全廃絶を求めてきた日本被団協さんがノーベル平和賞を受賞したのです。亡くなった多くの方を含め、被爆者みなさんの惜しみない努力に贈られたものだと思います。
被爆者の声を直接聞ける最後の世代だと言われる私たち。私が船旅で出会った被爆者の方の中にも、平和賞受賞を知らずに旅立った方が多くいます。いま、私たちにできるのは、被爆者の声に耳を傾けること。そして「今日の聞き手は明日の語り手」と言われるように、語り継いでいかなければなりません。
被爆者とユースと一緒に「核兵器のない世界」について語り合うHibakusha Dialogue。核兵器をなくす日本キャンペーンのキーワード、「超世代」を象徴するプロジェクトです。今年から2026年3月まで実施します。ぜひこのプロジェクトを応援してください!https://nuclearabolitionjpn.com/archives/7766