6月1日国際子どもの日を記念してキャンペーンを行います。
一般社団法人モザンビークの新しい教育を支援する会代表理事の関谷と申します。
アフリカ南部の国モザンビークの首都マプトで定型発達児と発達障害児(自閉症スペクトラム、学習障害、注意欠陥多動症など)を対象としたインクルーシブ教育を実践する幼稚園を運営しています。
発達障害児の保護者に対して無料でカウンセリングを行っています。カウンセリングでは心理カウンセラーが、発達障害に関する基礎知識と障害受容の重要性、発達障害児の成長過程と自立へのイメージ作り、応用行動分析(ABA)の基礎知識です。カウンセリングの中にWorkとして、来訪いただくお子様の実際の課題を応用行動分析の考え方に基づいて分析し対策をたてます。この活動を通して少しでも多くの保護者が安心して子育てに取り組めるようになればと願っています。
ご協力いただけますと幸いです。
Story
一般社団法人モザンビークの新しい教育を支援する会、代表理事の関谷と申します。
2015年に青年海外協力隊でアフリカ南部の国モザンビークに来て以来、日本と行ったり来たりしつつも基本はモザンビークに住んでいます。モザンビークに永住するべく最近モザンビーク人の彼女ができました。現在はモザンビークの首都マプトで定型発達児と発達障害児(自閉症スペクトラム、学習障害、注意欠陥多動症など)を対象としたインクルーシブ教育を実践する幼稚園を運営しています。
はじめてアフリカに触れたのは大学生の頃でした。
高校の教師になって吹奏楽部の顧問になって全国大会に行く、というのが当時の目標で、大学の吹奏楽部に所属して活動していたのですが、どうやらあまり音楽の才能がないことが分かりまして、諦めて二年で部活を止めてしまいました。そんな宙ぶらりんな状態だったのですが、留学したらなんだか一気に視野が開けていい感じになるのではなかろうかと思い大学の留学センターへ行きました。交換留学先の一覧を見たところ、アフリカの国がいくつかあり、これは誰も行かなそうでおもしろそうだと思ってガーナのガーナ大学へ一年間の交換留学に行きました。
ガーナの印象は赤土と強烈な太陽、排ガスと人の汗のにおいです。留学に行って何かが一気にいい感じになったわけではなかったのですが、新しい夢ができました。将来はアフリカに住んで、教育に関する仕事をするという夢です。留学前にアフリカについて事前に勉強してアフリカにハマった状態でガーナに渡りガーナを通してアフリカ全体が好きになりました。教育についてはもともと教育学部だったというのもあるのですが、国作りの根幹である人づくりに関わりたいと思いました。同時に教育だけが重要課題であるわけではないともよく分かりました。留学先のガーナ大学はガーナの東大のような位置付けなのですがそこの卒業生ですら求職活動に苦労していました。アフリカで、特に教育関係で何かしたいけれども今の自分には力がなさすぎると思って帰国しました。
帰国後は青年海外協力隊に行って大学院に行って国際協力の仕事に就こうと思い、その第一歩として青年海外協力隊に応募したところ面接で落ちまして、落ちるという想定が全くなかったので無職で大学を卒業しました。一年間浪人して、縁があって大学院でアフリカの開発経済学について研究しました。
大学院修了後は日系企業に就職しました。途上国を中心に世界中に展開しているメーカーで、面接では「アフリカで工場を作って現地に雇用を生み出したい。工場長になって従業員教育に力を入れたい」と言って採用されたのですが、なぜか営業に配属されて愛知県豊田市で6年ほど働きました。
6年目に、このままではどうやらアフリカに行けなさそうということで再び青年海外協力隊に応募しました。協力隊の面接では、サブサハラアフリカの国以外の場合は辞退するという点と、二年間の派遣期間終了後は派遣された国でずっと住むと伝えたところモザンビークに派遣されることになりました。それが2015年のことです。
モザンビークでは海辺の観光地の行政機関に配属されて、地元の人の収入向上のために様々なトライをしました。二年間の任期終了後はそのまま住むつもりだったので、任期が終わった後に何か自分の生計をたてることができそうなことに取り組みました。全て失敗して任期の最後の方は精神的にかなりやられてしまいボロボロの状態で帰国しました。
協力隊の面接では、派遣された国にずっと住むと宣言したのですが、帰国してしばらくはモザンビークのことを考えることすらイヤで、またモザンビークに戻る気は正直なかったです。地元の神戸が寒すぎたので、沖縄で失業保険を受給しながらアフリカのJICAの関連の仕事に応募をしていました。
帰国して三か月ほどたったある日、新聞を読んでいるとインドのご婦人の記事が掲載されていました。モザンビークにはインド系の移民の方が多く住んでおり。主に商売の分野で活躍しています。その女性の写真をみてモザンビークのことを思い出していると、ふと「やっぱりモザンビークに戻らないとダメだ」「モザンビークに住むと決めよう」「そこから始めよう」と思うようになりました。
その後、縁あってモザンビークを主な事業地にしている日系企業と出会い、モザンビークの駐在員として採用されました。協力隊が終わってからまたモザンビークに戻るまで、だいたい一年ぐらい日本にいました。
新しい職場では主に農村開発に関する様々な業務に従事しました。駐在してしばらくは、地方に出張して何か月か住んでプロジェクトを回して首都に戻るという感じの仕事を続けていました。10人ちょいのチームの運営はかなり得意な仕事だったらしくわりと楽しくやっていました。
2020年にコロナで一時帰国した折に、勤務先の社長や役員とお話しする機会に恵まれました。半年ほど日本にいたのですが、新規事業をどう構想するか、事業資金をどう調達するか、人間関係の作り方など多岐に渡り薫陶を受けました。そうした薫陶のなかで、何か自分なりに会社に貢献しなければと毎日インターネットでファンディングのチャンスを探していたところJICAのサイトで、青年海外協力隊の元隊員限定で、ビジネスアイデアをベンチャーキャピタルの人にピッチできる会の情報がありました。とりあえず応募してみようと思いビジネスアイデアを考えて思いついたのが、Youtubeに教育系の動画コンテンツをアップロードして教育の普及と質を向上させる、といった内容のものでした。このアイデアは、幸運にも選考に選ばれて実際にピッチすることができました。そのピッチがそのまま何かにつながったわけではなかったのですが、自分は教育に関する事業がやりたいのだなと改めて思いました。
2021年にモザンビークに戻り、今の事業パートナーと出会いました。モザンビークの教育大学で心理学を勉強したけど心理系の職につくことができずフリーターをしている、という人でした。何回か会って話してから、「もしも本当に教育の仕事がしたいのであれば自宅の庭ででも何かやってみてはどうか?実績が大事なので。自分もサポートできることは何かあると思う」と伝えると、塾というか日本流には寺子屋を始めました。近所の小学校へ行き、「勉強が苦手な子に補習をしますよ」と言って子どもを紹介してもらったそうです。私からは100マス計算の紙などを印刷して渡すようになりました。子どもの数はすぐに増えて20名以上の子どもが通ってくるようになりました。
無償で始めた寺子屋ですが、活動を続けるために授業料を徴収しようということになり、保護者の方の家に行って何かしらの授業料の依頼をしたのですが誰一人払おうとせずどうしようかねとなりました。事業パートナーは「誰も自分の活動に敬意を払ってくれない」と泣いていました。私も将来設立する教育機関からモザンビークの大統領を輩出したいと思っていて、寺子屋から教育機関設立→大統領を輩出のイメージが湧かず、何か別の活動を始める必要があると思っていました。新しい活動は、小規模に始めることが出来て、対価を得ることが出来て、一人一人の子どもを丁寧に見ることが出来る、が条件かなと思っていました。
ある時、事業パートナーと話をしていると、自閉症児に対するセラピーの講座に通っており、自閉症の子どものお宅にボランティアで訪問してプレイセラピーをやっているという話をしてきました。彼が自閉症の子どものことを話している様子がイキイキしていて、「これはいけそうだ」と思って会社を作って教室を借りて発達障害児向けのプレイセラピーを始めました。
プレイセラピーを始めてすぐに思ったのは、数時間だけではなくて終日子どもを預けてもらえるサービスにしたいな、でした。当時は一回のセラピーが二時間で平日の昼間に保護者が子どもの送迎をする必要があり見ているだけで大変そうでした。2021年にプレイセラピーを始めて、2023年の春に日本側でモザンビークの活動を支援するためのイベントを実施しました。大学院時代の友人が助けてくれました。同じタイミングで応募していたJICA基金を活用した事業に採択されて、2023年の秋には勤務先を予期せぬ形で退職をすることになり、一時帰国して2023年の冬に日本で一般社団法人を設立して、モザンビーク側の非営利団体の設立許可が一年越しでおりて、2024年の2月にJICAとの共同事業という形でマプトにインクルーシブ教育を実践する幼稚園を開園しました。忙しいですね。
現在子どもの数は3名と非常に少なく、このままだと早晩資金がショートします。こちらの新学期は1月はじまりで2月に開園している時点でマーケティングも何もあったものではないのですが、最も急いでそのタイミングでした。
障害者の当事者団体などとコンタクトをとって私たちの幼稚園のサービスを知ってもらうことに全力を注いでおります。
子どもの数が少なくて幼稚園が潰れそうという問題もあるのですが、マプトの多くの保護者の方が、お金を払えないために、私たちが提供しているような専門的なサービスを受けることができていない現実に直面しています。そうした方からFacebookを通じて連絡をいただくこともあるのですが、お金がないと通園を諦めてしまわれます。なんとか力になりたいなと常々考えておりました。
この度こちらのカウンセラーと一緒に発達障害児の保護者向けの子育てに関する資料を作成しました。主な内容は、発達障害に関する基礎知識と障害受容の重要性、発達障害児の成長過程と自立へのイメージ作り、応用行動分析(ABA)の基礎知識です。カウンセリングではWorkとして、来訪いただくお子様の実際の課題を応用行動分析の考え方に基づいて分析し対策をたてます。一回のカウンセリンはだいたい二時間ほどです。この活動を通して、少しでも多くの保護者の皆様が、安心して子育てに取り組んでもらいたいと願っています。またこの活動を通して私たちの認知度を高めていければと思っています。
今回ご支援いただいたお金を無料カウンセリングの広告費用に使いたいと考えています。広告はチラシとFacebookです。もしもお金が余った場合は幼稚園の運営費の足しにさせてもらえるとものすごく助かります!