石巻復興きずな新聞舎代表の岩元暁子です。
この度、第二子を授かり、無事に出産しました。元気な女のコです。
落ち着いたら、この子と一緒に、石巻の復興住宅に笑顔と元気と新聞を届けに行きます。
出産祝い代わりに、団体の活動にご支援いただけると嬉しいです。
Story
こんにちは。石巻復興きずな新聞舎の岩元暁子です。
バースデードネーションのページをご覧いただき、ありがとうございます。
この度、第二子を授かり、無事に出産しました。元気な女のコです。フルタイムの仕事と育児をしながら&コロナ禍のマタニティライフはなかなか大変で、途中、逆子になったり、切迫早産になったり、出産直前に上の子が体調を崩したり(コロナではありませんでした)、へその緒が二重巻きだったり、ヒヤヒヤすることがたくさんありましたが、無事に出産を迎えることができてホッとしています。
*
ご存知の方も多いと思いますが、私は2011年4月から、東日本大地震の被災地・宮城県石巻市で、復興支援活動をしています。
はじめは泥かきや瓦礫撤去、避難所の支援に携わっていましたが、2011年12月から、仮設住宅の支援活動をメインに活動してきました。「仮設きずな新聞」という無料情報紙を定期的に発行し、それを仮設住宅(約7000戸)の住民さんに手渡しでお届けする、という活動です。仮設住宅は孤立しやすく、また震災の影響から、鬱や不眠、PTSD、アルコール中毒などの問題を抱える方も少なくありません。きずな新聞は、そんな方々の見守りや傾聴、必要に応じて専門機関に繋いだり、といった役割を担ってきました。
*
2016年4月に、地元の方々と共に、任意団体「石巻復興きずな新聞舎」を立ち上げ、仮設住宅だけでなく、復興公営住宅(災害公営住宅)にも新聞をお届けするようになりました。一般的には、仮設住宅を出て恒久的な住まいに移るタイミングで、自他共に「復興した!」となると思いますが、復興住宅を訪問してみると、仮設住宅以上に課題が山積していました。
「鉄の扉に遮られて、世界でたった一人きりになったように感じる」
「こんなに寂しい思いをするくらいなら、仮設にいたときの方がまだ良かった」
「復興公営住宅に移ってきてから、集会所が開いているのを一度も見ていない」
「エレベーターホールでしか顔を合わせないので、1 年経っても名前も知らない人ばかり」
私たちは毎月新聞をお届けして「気になる(心配な)住民さん」をケアしながら、団地内のコミュニティ作りのために「お茶っこ」やイベントを開催するなど、活動の幅を広げてきました。
*
2020年1月に石巻市内の仮設住宅が解消になり、「最後のひとりが仮設住宅を出るまで」を目標としていた石巻復興きずな新聞の活動も節目を迎えました。しかしながら、復興公営住宅にもまだまだ課題が残されていることから、活動を完全に終了するのではなく、細々とでもできるカタチで続けていこう、ということになりました。これまで頂いていた助成金・補助金などは基本いただかず、寄付や会費を支えに、全員が無償のボランティアとして活動しています。新聞の発行頻度は3ヶ月に1回と減りましたが、多くの住民さんが今もきずな新聞を楽しみに待ってくださっています。
*
長男(通称ぴこた)の出産後は、子連れで新聞配布をしていました。子どもが嫌いな住民さんもいるかなーと心配していましたが、皆さん驚くほどぴこたを可愛がってくださり、しかも笑顔で元気になってくれるのです! 私がどんなに心を込めて新聞を作って傾聴するよりも、赤ちゃんを10分抱っこする方が、心身ともに元気になれるようです(ちょっと悔しい…)。そして、たくさんの住民さんに可愛がられて育ったぴこたは、とても人懐こい子になりました。落ち着いたら、娘(通称にこちゃん)を連れて新聞配布に行こうと思っています。
*
これからも、細くとも長く活動していきたいと思っています。ぜひご支援いただけると幸いです。
*
※バースデードネーションとは
誕生日プレゼントの代わりに寄付を集めるキャンペーン。
画面右下の「支援する」ボタンで500円から寄付できるので、是非気軽な気持ちで寄付をお願いできると嬉しいです!
※ 寄付金は決済にかかる手数料と利用料を除いた全額が団体へ寄付されます。