トイレ改修事業の軌跡② ファーストゴールからセカンドゴールへ
2026/7/6 00:10

子どもたちの未来を守る挑戦 ― ファーストゴールからセカンドゴールへ
2025年夏、岡山朝鮮初中級学校は大きな決断を下しました。
それは、築55年を迎えた校舎の老朽化が限界を迎える中、子どもたちが毎日使用するトイレを改修するためのクラウドファンディングへの挑戦でした。
長年使い続けてきたトイレは、和式便器が中心で、床や壁の傷みも激しく、衛生面や安全面においても課題を抱えていました。特に幼稚班の園児たちにとっては使いづらく、不安を感じる保護者の声も少なくありませんでした。
しかし、岡山ハッキョが置かれている現実は厳しいものでした。
一般の学校であれば行政による施設整備支援を受けられる場合があります。しかし私たちは十分な公的補助を受けられない状況の中で学校運営を続けています。
それでも、
「子どもたちに安心して学べる環境を残したい」
その一心でクラウドファンディングへの挑戦を決意しました。

岡山ハッキョ(岡山朝鮮初中級学校)の歴史に深く刻まれることとなった、老朽化したトイレの改修クラウドファンディング(クラファン)プロジェクト。
目標金額の達成、そして子どもたちの笑顔を取り戻すという大きな奇跡の裏には、文字通り「ゼロ」から立ち上がり、泥臭く奔走した大人たちの熱いドラマがありました。
プロジェクトの重責を一身に背負っていたのが、岡山ハッキョクラファンチームのリーダーを務める姜志煥(カン・ジファン)氏です。
迫り来る期限、集まるか分からない不安、そして「子どもたちの教育環境を何としても良くしたい」という使命感。そのプレッシャーは想像を絶するものでした。当時の岡山ハッキョの校長であった秋剛鎬(チュ・ガンホ)氏もまた、学校の未来を背負う者として、姜志煥氏と同じ痛切な危機感を抱いていました。
「自分たちの知識だけで、この大きな挑戦を成功させられるだろうか」
壁にぶつかり、苦悩する中で、二人の脳裏に浮かんだ一つの道標がありました。それは、かつて同じように厳しい状況下でハッキョ改修クラファンに挑み、見事に大成功へと導いた先駆者、滋賀ハッキョ(滋賀朝鮮初中級学校)の金隆泰(キム・リュンテ)校長の存在でした。
「わからないことは、その道のプロフェッショナルに直接会いに行こう。そして、私たちの挑戦に伴走してもらおう」
姜志煥氏と秋剛鎬校長は、迷うことなく行動を起こしました。岡山から滋賀へ。決して近くはない距離を、ただ「子どもたちのために」という一念で突き進みました。
滋賀の地に降り立ち、金隆泰校長と対面した二人。彼らが差し出したのは、綺麗にまとめられた企画書ではなく、泥臭くも切実な「助けてほしい」という本気の願いでした。金隆泰校長は、二人のまっすぐな眼差しと、ハッキョを想う熱い魂を正面から受け止めました。
金隆泰校長による「教え」は、単なる資金集めのテクニックや、SNSの発信方法といった表面的なノウハウに留まりませんでした。
「クラファンとは、お金を集めることではない。ハッキョを愛する人々の心を繋ぎ、未来への希望を共有することだ」 その言葉は、姜志煥氏と秋剛鎬校長の胸に深く突き刺さりました。
金隆泰校長は、自らが経験した苦労、失敗から得た教訓、そして支援者の心を動かすために必要な「覚悟」を、包み隠さずすべて伝授したのです。
それは単なる「相談」の時間を超え、志を同じくする者同士が魂を響かせ合う、濃密な伴走の始まりでした。金隆泰校長という心強いプロフェッショナルの存在は、暗闇を照らす灯台となり、二人の心から不安を消し去り、確信へと変えていきました。
岡山へ戻る道中、姜志煥氏と秋剛鎬校長の目には、それまでとは違う決意の光が宿っていました。プロに学び、伴走してもらうことで得た百戦錬磨の知恵。それが岡山のクラファンチームに注ぎ込まれ、メンバー全員の導火線に火をつけました。
「滋賀の熱い想いを、今度は私たちが岡山の地で形にする番だ」
この訪問を機に、岡山のプロジェクトは爆発的な推進力を得ることとなります。姜志煥氏のリーダーシップはより強固なものとなり、秋剛鎬校長とともに地域や同胞たちを巻き込み、大きなうねりを生み出していきました。
わからないことを認め、プライドを捨てて頭を下げ、本物から学ぶ。その謙虚な一歩と、プロフェッショナルが差し伸べた温かい伴走の手が、不可能を可能にする奇跡の原動力となったのです。ハッキョの未来を紡ぎ、子どもたちの明日を守るための偉大な絆は、あの日の滋賀での熱い出会いから始まりました。
(一部、朝鮮新聞社の取材を抜粋し引用しております)

写真<クラファンチームリーダー姜志煥と当時校長先生 秋剛鎬が、クラファンを展開する前に滋賀金隆泰校長先生の教えを貰いに滋賀を訪問した時の写真>
不安から始まった挑戦
プロジェクト公開前、正直なところ不安しかありませんでした。
果たして目標額に届くのだろうか。
どれだけの人が私たちの現状を理解してくれるのだろうか。
岡山ハッキョという小さな学校の呼びかけに、耳を傾けてくれる人はいるのだろうか。
それでも立ち止まるわけにはいきませんでした。
子どもたちは毎日学校に通っています。
今日も明日も、そして来年も。
だからこそ、今動かなければならなかったのです。
プロジェクトがスタートすると、卒業生、保護者、同胞、地域の方々をはじめ、本当に多くの方が情報を拡散してくださいました。
「応援しています」
「子どもたちのために頑張ってください」
「私も卒業生です」
「少額ですが力になりたい」
全国各地から温かいメッセージが届き始めました。
私たちはその一つひとつに勇気をもらいました。

写真<北海道から岡山に暖かい支援>
想像を超えた反響
プロジェクト開始後、支援は少しずつ積み上がっていきました。
一人の支援。
また一人の支援。
数字だけを見ると小さく見えるかもしれません。
しかし、その一件一件の向こうには必ず「子どもたちを応援したい」という思いがありました。
私たちは毎日支援ページを確認しながら、その思いの重みを感じていました。
さらに大きな転機となったのが、新聞やテレビ、インターネットニュースなど各種メディアで取り上げられたことでした。
岡山ハッキョが抱える課題。
老朽化した校舎の現状。
そして子どもたちが置かれている環境。
これまで知られていなかった現実が、多くの人々に伝わっていきました。
共同通信、毎日新聞、Yahoo!ニュースなど全国規模の媒体にも掲載され、想像を超える反響が広がりました。
記事を読んだ方々から、
「初めて朝鮮学校の現状を知った」
「同じ地域にこうした学校があることを知らなかった」
「子どもたちに罪はない」
という声が数多く寄せられました。
クラウドファンディングは単なる資金集めではありませんでした。
岡山ハッキョの存在を知ってもらう機会にもなっていたのです。

写真<毎日新聞に掲載>
ファーストゴール達成
そして迎えた大きな節目。
ファーストゴール達成。
その瞬間、多くの関係者が言葉を失いました。
本当に達成できるとは思わなかった。
そんな声もありました。
もちろん嬉しさもありました。
しかし同時に感じたのは感謝よりも責任でした。
これだけ多くの方が期待を寄せてくださった。
ならば絶対に子どもたちのために形にしなければならない。
その思いが強くなりました。
けれど現実を見ると、トイレ改修に必要な費用はまだ十分ではありませんでした。
老朽化は想像以上に進行していたのです。
配管。
床。
設備。
内装。
工事を進めるためにはさらなる資金が必要でした。
そこで私たちは新たな決断をします。

写真<朝鮮新聞に掲載>
セカンドゴールへの挑戦
「もう少しだけ挑戦したい」
ファーストゴール達成後、セカンドゴールを設定しました。
これは単なる欲張りではありませんでした。
中途半端な改修ではなく、子どもたちが長く安心して使える環境を整えたい。
そのために必要な挑戦でした。
正直に言えば不安もありました。
すでに目標は達成している。
ここからさらに支援をお願いして良いのだろうか。
しかし支援者の皆さまは私たちの予想を超えていました。
「最後まで応援します」
「もっと広めます」
「子どもたちの未来のために」
そんな声が再び全国から届き始めたのです。

写真<開始から2日で200万円を達成!!>
全国へ広がった応援の輪
支援の輪は岡山だけに留まりませんでした。
北海道から沖縄まで。
卒業生だけでなく、朝鮮学校と直接関わりのなかった方々からも支援が届きました。
同胞社会を超えた応援。
地域を超えた応援。
世代を超えた応援。
それは私たちが想像していた以上のものでした。
岡山ハッキョを知らなかった人が知ってくれた。
朝鮮学校に関心のなかった人が関心を持ってくれた。
そして何より、
子どもたちのためなら力になりたい。
そう考えてくださる方々が全国に存在することを知りました。

<写真:教育会 李浩宰会長(当時副会長)がトイレ改修事業の説明を学生に行う>








