東日本大震災と津波、原発事故によって大熊町民が経験したことや学んだこと、大熊町の現状を発信しています。継続的にご支援くださるマンスリーサポーターを、10名募集しています。ご寄付は、活動全般への支援となります。
大変有難いことに、近年は、フィールドワークの依頼や来訪者が年々増えており、講話や現地案内に加えて、その後に学びや感想を深め合う「対話の場」を行いたいというご要望もいただきます。
震災と原発事故は、現在進行形で続いています。そのため、この経験を伝えるためには“今を生きる一人ひとりが考え、対話し続ける場”として開きつづける必要があります。
そのために私たちは、記録・発信・学びの場づくりを継続していくための安定した運営基盤を整え、次の世代に活動を引き継いでいきたいと考えています。
ストーリー
大熊町で起きたことを、なかったことにしないために
2011年東日本大震災において、福島県大熊町では、津波被害と、東京電力福島第一原子力発電所の事故による全町避難を経験しました。
当団体の代表・木村紀夫は、津波で家族3名が犠牲になりました。津波襲来後には、各地で地元消防団による捜索活動が行われますが、ほどなく原発が緊急事態となり、捜索は中断。当時の消防団からは、「人の声のような音がしたが、その場を離れざるを得なかった」という話が残っています。浪江町などの他の原発被災地の沿岸部も、同様の経験をしています。
原発事故後、木村の家族3名の内、次女の汐凪(ゆうな)さんだけがしばらく見つからず、2013年から「team汐笑プロジェクト」として行方不明者の捜索活動を実施。2016年の遺骨発見まで、5年9ヵ月の月日がかかりました。この経過の中で、捜索現場と自宅跡は中間貯蔵施設に含まれてしまいました。

震災後の行方不明者の捜索活動(写真:岩波友紀)
問い続けることから、大熊未来塾は始まりました
「震災の経験を聞きたい」と訪ねてくださる方が増えたことや、中間貯蔵施設に含まれた地域の失われた地域・文化の再生に長期的に取り組んでいく必要があるとして、大熊未来塾を2022年設立(任意団体は2020年〜)しました。
大熊町内には、避難指示解除がされた地域もありますが、15年経過した今も、一部地域では、帰還困難区域と中間貯蔵施設が継続しています。また、中間貯蔵施設に含まれた地域は、多くの町民が土地を手放さざるを得なかったため、2045年以降の地域再生も課題です。町民や、今を生きる人々と「なぜ原発事故が起きてしまったのか」を問いつづけ、より人間的で豊かな文化を醸成することが、将来の地域再生につながり、また、より良い社会構築にもつながると考えています。

旧熊町小学校にて町民の経験や、震災前の暮らしを伝える(写真提供:藤室玲治)
これからも、学びの場をひらき続けるために
いま私たちのもとには、フィールドワークや講話の依頼が全国から寄せられ、その数は年々増えています。現地を訪れ、実際にその場に立ちながら話を聞きたいという声に加え、フィールドワークで終わらず、その後に感想を共有し、学びを深めるために「対話の場を設けたい」という声も寄せられるようになってきました。また、ワークショップやシンポジウム、他地域への視察を行うことで、多様な人々と対話を重ね、震災と原発事故から未来を考える場を企画してきました。
こうした講話やフィールドワークの来訪者受け入れ、考える場づくりには、人手も運営費も必要です。立ち上げ当初と比べると、講演料をいただく機会が増えましたが、ご寄付や助成金がなくては活動を継続することが難しいのが現状です。私たちは大きな団体ではないからこそ、日々の受け入れや調整、記録や発信を支える基盤を整えていかなければ、継続して場を開き続けることが難しくなってしまいます。
また、この活動は、「語り部」を聞いていただくだけでは成り立ちません。帰還困難区域や中間貯蔵施設に含まれた地域で、現在進行形で起きていることを、今を生きる人々とともに問い直し、考え続ける「対話の場」として続けていく必要があります。記録・発信・学びの場づくりを継続するには、安定した財源が欠かせません。日々の活動の中においても、双方向で対話を交わすなどの時間をともに過ごすほうが、より豊かな学びにつながると実感しています。将来的には、視察などの来訪者向けのワークショップをプログラムとして実施することも視野に入れています。
さらに、活動を無理なく続けられる基盤ができることは、活動の担い手を育てていくことにもつながります。震災と原発事故の経験を、これから先も社会に手渡していくために、今、継続的な支えが必要です。

2024年「伝承の仲間づくりサミットin大熊」熊本県水俣市、沖縄県、広島県、宮城県からのゲストとともに実施

考える場「広島から遺構保存を考える」開催の様子
一人ひとりの感じたことを、対話の中で深めていく
私たちは、震災や原発事故について一方的に「伝える」だけではなく、その場で感じたことや考えたことを持ち寄り、一人ひとりの受け止め方の違いを共有しながら、対話を通じて学びを深めていくことを大切にしたいと考えています。
2025年度は、大熊町の旧熊町小学校の遺構保存・活用に向け、熊町小学校卒業生や住民とともに学び、考える場を地元団体と共同で実施しました。対話を通じて、地域の文化を醸成することにつながると信じています。
震災と原発事故の経験を”過去の出来事”として片付けず、「今を生きる私たち自身が問われている課題」として受け止め、考え続けられる社会をつくっていきたい。そのために、学びと対話の場をこれからも開いていきます。

地元団体と主催した「遺構と地域の未来を語り合う場」(写真提供:藤室玲治)
いただいたご寄付で支えていただきたいこと
「伝承活動」や「語り部」は、ボランティアのイメージが強く、東北各地においても、活動継続に課題を抱える個人・団体が多くいらっしゃいます。そのような中でご支援をお願いすることは恐縮ですが、震災と原発事故の犠牲を繰り返さないため、継続的にともに歩んでくださるサポーターを募集しています。
いただいたご寄付は、来訪者のフィールドワークや講話の実施、ワークショップや学びの場の開催、大熊町民への聞き取り・記録のための活動費用、そして活動全体を支える運営費として活用させていただきます。

「大熊未来塾で伝えたいことを考える会」の様子
震災と原発事故の経験や町の記憶を、未来へ手渡していく仲間として
震災と原発事故を過去の出来事として忘却するのではなく、未来へとつないでいくために。さまざまな悲しみや犠牲を繰り返さないために。
そして、より多くの方とともに、地域の記憶や文化を学び、考える場として育んでいくために。
継続的にともに歩んでくださるサポーターとして、ご参加いただけましたら幸いです。

2023年水俣視察の交流会の様子。大熊町や浜通りにかかわる人たちに呼びかけ、不定期で各地へ学びに行っています







