筋肉は偉大
2025/6/19 09:30

私の最も印象に残っているストランディング現場は,2023年12月5日,小平町大椴海岸にイシイルカを回収に行った時のことです。
函館から先輩と同期と私の3人,札幌からも学生2人に応援に来てもらい,万全の体制で出動しました。函館から日本海側の小平町までは片道5時間半ほど。朝早く出発した車内で,”小平かあ…遠いんだろうなあ…”,”イシイルカかあ…重いんだろうなあ…”と,一ミリも働いていない頭が何の実りもないことをひたすら思い浮かべていました。私はまだ知りませんでしたが,このあと,否応なしに日本海側海岸の洗礼を浴びることになりました。
現場は12月とはいえど,波の届かない砂浜の奥の方にはもうしっかりと雪が積もっていました。白と黒のコントラストが映えるイシイルカは,そんな砂浜であっても,わりとあっさりと見つけることができました。
が,しかし……どうやって持って帰る??
見渡す限り,ゆうに人の背丈は超えるほどの堤防が延々と続いていたのです。しかも,ネズミ返しのように上部がくるっと湾曲しているような堤防で,砂浜に降り立って見上げると,さながらS〇SUKEの反り立つ壁のようです。人間だけなら,はしごを使って上り下りできます。でも,2メートル近くあるイシイルカをかかえて上るのはどう考えても無理です。
始めに,我々は滑車を持ってきていたので,道路脇のガードレールにくくりつけて使ってみましたが,うまく引き上げることはできませんでした。何回やっても,どんなに力を込めても,尾びれの先が堤防の上からひょこっと見えるくらいしか上がりません。次に,私は「イルカをソリに乗せて,5人で重量挙げの要領で持ち上げて,堤防の上にひょいっと乗せればいいんじゃない?」と提案してみましたが,同期に猛反対されて実現しませんでした。
……。
万事休すです。イシイルカを囲んで,皆で立ち尽くしてしまいました。それでも,5時間半かけてここまで来て,諦めて帰るわけにはいきません。地図を確認してみると,砂浜を500メートルほど南下した先に,堤防が途切れ,砂浜と道路がなだらかにつながる場所が見つかりました。そこまで行けば,車へ積み込めそうです。一筋の希望が見え,皆の顔が少し明るくなったところで,大問題が発覚しました。
川を渡らなければならないのです。
広いところで幅5メートルほどの川が,海に向かって注ぎ込んでいました。だんだん日も落ちてきて,辺りが少しずつ暗くなってきました。先輩が先に,そもそも人間が渡れるかどうかを確かめてくださいました。幸いにも,深いところでも膝丈を少し超えるほどでしたが,流れが速く,はまりそうになるような泥底の川でした。
寒さと疲労で凍りつつある頭を必死に揺すって,川を渡る方法をいくつか考えてみました。
その1:イルカをソリに乗せ,全員で持ち上げながら川を渡る
→ 誰かひとりが転んだらおしまいだし,全員分のウェーダーはありません。
その2:イルカを乗せたソリをロープで腰にくくりつけ,さながらタイヤ引きトレーニングのように,波打ち際の砂浜を,波が引いた隙にダッシュする
→たぶん,そんな怪力&俊足があったら,こんなところでイルカを運んでいる場合ではないでしょう。
どの策も実現できそうになく,本当にイルカを置き去りにして帰るしかないかと何度も思いましたが,最後に私たちがひねり出した策は,ロープをくくりつけてイルカを一旦川に投入し,そのロープの端を持って人間が先に渡り,対岸からロープを手繰り寄せてイルカを引き上げる,というものでした。沈んで泥にはまったりしたら,最悪イルカを失ってしまう可能性もありました。でも,もう背に腹は代えられません。
せーの,の掛け声でイルカを押し,川に投入した瞬間,信じられないことが起きました。
「う,浮いた…!!!」
ブルーシートでくるんでいたからなのか,どこかに浮力が働いたのか,驚くほど軽々とイルカは川に浮いたのです。私たちは歓喜してぱしゃぱしゃと川を渡り,イルカを対岸に引っ張り上げることに成功しました。あのときほど茫然として,尚且つ喜びを噛みしめたことはありません。このあとは砂浜を延々と引きずって車まで運び,あっさりと積み込みを完了することができました。
しかし…私は未だにあの可能性をあきらめきれていません。5人でイルカの重量挙げができれば,もっとあっさり,簡単に堤防の上に運ぶことができていたのではないかと…。やはり,ストランディング調査において筋肉は偉大です。今後日本海側の海岸にイルカを回収に行くときには,ムキムキのマッチョをたくさん連れていくことをお勧めします。
(T)
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