肉団子職人とイルカの解剖
2025/6/17 13:37

イルカの解剖には何度も立ち会ってきましたが,思い返すと記憶に残っているのは,大変だったものばかりです。
2023年8月4日の朝,室蘭市の電信浜にイシイルカが打ち上がったと通報があり,現地で解剖することになり,すぐに準備を整えて出発しました。食害がひどかったため,作業はすぐに終わるだろうと思っていました。電信浜に到着すると,崖下の日陰になっているところに横たわるイシイルカを発見しました。8月の直射日光の下で作業する羽目にならなかったことに少し安堵し,すぐに準備を始めました。
先輩が刀を入れ,いつものように切り分けを開始。ここまでは何の変哲もない現地解剖でしたが,しばらくして背後から「ブンブン」という低音が耳に届きました。ハエかと思いましたが,何やら羽音が違う気がしました。音のする方に目をやると,そこにはオレンジ色の,明らかに危険そうなものが止まっていました。スズメバチです。崖の上には木々が生い茂り,すぐ近くには草原もあります。今思えば,嫌な予感がした時点で警戒しておくべきだったと後悔しました。スズメバチは非常に危険であり,かつ黒い服を頻繁に着る習性をもつ自分はその日も黒い服だったため,刺される!と判断し,その場を離れました。
ところが,周りを見渡すと,離れているのは私だけでした。先輩方はと言えば,肉を切り分けながら「あー来たねー」という軽い調子で,全く動じる様子がありません。遠くから心配そうに様子を見ていると,先輩の一人から「何してるの?早く切って」と声をかけられました。
「いや,スズメバチいますよ!?危ないですよ!」と伝えると,「肉団子を作ってるだけだから大丈夫」と平然とした顔で言われました。そんな言葉は信じられませんでしたが,様子を見ていると,先輩の言った通りそのスズメバチはせっせと肉団子(ちゃんと丸かった!)を作り終え,どこかへ飛んでいきました。「やっといなくなった…」とほっとして,私もようやく作業を再開しました。ハチが近寄らないように,切り出した肉をわざと少し離れた場所に置いておくという工夫も凝らしたので,これで大丈夫だろうと思っていました。
しかし,平穏は長く続かず,すぐにまた不快な羽音が耳に入ってきました。気付けば,すぐそばにスズメバチが戻ってきている。しかも,今度は1匹ではなく,3匹も来ていました。「さっきのハチが仲間に教えてしまったんだな…」と心の中でつぶやきながら,私は慌てて持ち場を離れました。それでも先輩方は全く気にする様子もなく,淡々と作業を続けていました。
「離れてないで早くやって」と,少し苛立った声で言われてしまいました…
「いやいや,スズメバチだよ?今半袖なんだよ?何匹も飛んでいるんだよ?」と,頭の中では疑問符だらけでした。本当は一度作業を中断したかったですし,内心では少し腹も立っていました。でも,気が弱い性格なので結局言い返せませんでした。仕方なく持ち場に戻って作業を続けましたが,やはりハチの近くに手を伸ばすことはどうしてもできず,ほとんど役に立たないまま作業は終わってしまいました。
片付けも終わり,ハイエースに乗って帰路につきましたが,先輩方の雰囲気はどこか冷たく感じました。それでも私は「自分の判断は間違っていなかった」と今でも思っています。確かに,ハチは私たちには構わずに肉団子を作っていただけかもしれません。でも,半袖でスズメバチのすぐ横で作業する方がどうかしていたと思います。とはいえ,もしかしたら私のように過剰に怖がる方が,かえってハチを刺激してしまい,逆に危険だったのかもしれないとも感じています。
こうして,ハチと一緒に行ったイルカの解剖は,今も忘れられない思い出です。
誰も刺されることなく終わって,本当に良かったと思っています。安全第一。
(IM)
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