絶望の黄金岬
2025/6/12 09:30

初めて行く居酒屋でショボい肉寿司が出てきたとき,「どこからでも切れます」がどこからも切れないとき......人生には様々な絶望があります。本日は私の人生における最大の絶望を共有させてください。
2023年3月7日,道北・遠別町でネズミルカ漂着の一報あり。回収のため,当時学部4年生だった私は先輩と2人で出動することになりました。この時はまだ調査専用車両がなかったため,先輩の自家用車で現場に向かいます。函館市から遠別町までは車で約7時間!途中で会話のネタが尽き,気づくと私はあらゆる親戚の個人情報を開示して場を繋いでいました。私の祖父母の馴れ初めを聞かされる先輩がどんな気持ちで車を運転していたのか,今では知る由もありません。
そんなこんなで遠別町に到着する少し前,道中通過した留萌市でネズミイルカ一頭が漂着しているとの通報が入ります。帰りがけに回収すれば一石二鳥!この日は移動だけで精一杯だったため,遠別町で宿泊して翌日の調査に備えます。
翌朝,まずは遠別町内の現場へ。雪が残る地面に横たわるイルカを2人で引きずって,なんとか車に積み込みました。あとは留萌市でもう一個体を拾って帰るだけです。2時間ほど車を走らせて留萌市に到着し,一旦腹ごしらえをします。本記事のメイン画像はその時のお昼ご飯の様子。このあと試練が待ち受けているとはつゆ知らず,先輩から唐揚げを強奪して浮かれています。今初めて気付いたけど先輩の唐揚げの量多すぎませんか?どんなメニュー??
さて,このあたりで絶望がアップを始めます。
留萌市の現場・黄金岬に着くと,衝撃の光景が目に飛び込んできました。
「な,なんか増えてません......?」
ネズミイルカ1頭を拾いにいったはずが,なんと現場にはネズミイルカ2頭とイシイルカ1頭が!車の後部座席には既に遠別町で回収したネズミイルカが鎮座しています。一体どうしたものか......。しかし,この時の私たちはまだ冷静でした。ネズミイルカ2頭はなんとか持ち帰れそう。イシイルカは2m以上あり,サイズ的にもパワー的にも車に載せられそうにないので,ひとまず写真撮影,計測と筋肉・脂皮の採材。なんとかなりそうです。ほな早速計測しましょ~とイシイルカに近寄ってみると,衝撃の光景第2弾が目に飛び込んできます。
「尾ビレ出てる!!!」
なんと,イシイルカの生殖孔から小さな尾ビレがちょこんと飛び出しています。妊娠個体です。どうにかして持ち帰りたい......。とりあえず,イルカを2人で引っ張ってみます。が,推定100kg以上の立派なイシイルカはびくともせず。就寝中の伊〇院光さんを非力な一般人2人で連れ去ろうとしているイメージです。
現場は防潮堤を越えたところにある岩場。イルカを車に積むためには,まず岩場から防潮堤の階段まで数十m移動させ,20段ほどある階段を上り,車のトランクの高さまで持ち上げなければいけません。そんなことを考えているうちに強い雨が降り始め,絶望はピークに。
イルカの前で小一時間立ち尽くした後,たまたま岩場に流れ着いていた漁具用の太いロープを発見。尾ビレにひっかけて,2人で全力で引っ張ってみると...10cmほど動きました。10cm。半泣きです。必死に何度も何度も引っ張り,やっとの思いで防潮堤の階段に辿り着きます。途中,不審すぎて海上保安部の方々に声をかけられ,「怪しい者ではありません」と怪しい人しか言わない台詞を発してしまいました。車に載るサイズにするために尾ビレを切り落としたイルカに再びロープを巻き付け,2人で少しずつ階段の上を引きずり上げていきます。この間,ベクトルの合成について教えてくれた高校物理の先生の顔が絶えず脳裏に浮かんでいました。たった一段上るのに,5分ほどかかったでしょうか。降りしきる雨のなか,地獄のような時間でした。
「載ったーーーーーーー!!!」
なんとか階段を上り切り,死ぬ気でイルカを車のトランクの高さまで持ち上げ(なぜ持ち上がったのか未だにわかりません。スタンドの発現?),ついにイシイルカを積み込むことに成功。現場到着から積み込み完了まで実に3時間,手にも腕にも全く力が入りません。ネズミイルカ2頭も可能な範囲で採材し,その後は我々のセーブポイントであるイオンモール苫小牧のサイゼリヤに寄ってから函館へ帰着。結果,なんとか4個体分のサンプルを持ち帰ることができました。現在は調査専用車両のお陰で十分な人数を確保して出動できるので,今のところ私の身に本件を超える絶望は訪れていません。ご支援いただいた皆さま,本当にありがとうございます......。
(S)
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