苦労談:流出した寄鯨
2023/3/21 12:40
SNH理事の黒田です。私は学部4年次(2012年)から本格的にストランディング調査に関わり始めましたが,今年でとうとう調査歴が10年を超えました!
今日は,私のこれまでの調査の中でも一,二を争う,前代未聞の事件についてお話ししたいと思います。
2021年11月末,伊達市の海岸でイルカが弱って泳いでいるとの通報がありました。
が,写真を確認してなんとびっくり。イルカに形こそ似てはいますが,大きな体と体中に散る白い斑紋から,アカボウクジラ科の鯨類だと一目でわかりました。相当弱っているようで,死んでしまうのは時間の問題でした。
寄鯨調査時には,たとえ鯨類が生きて漂着しても,死んでしまったときのことを考えて調査の予定を立てます。まだ生きているのにひどい!と思われるかもしれませんが,死んでしまってからさて,どうしよう?とのんびり考えていては,死体は腐り,取れる情報がどんどん減っていってしまうからです。
この時も,まだクジラが生きているときから,国立科学博物館(科博)の山田格先生,田島木綿子先生に種同定をお願いし,それと並行して調査のコーディネートを進めました。同定の結果,オウギハクジラ属鯨類だろうということまではわかりましたが,近くでよく見てみないことには,はっきりとは分かりませんでした。ひょっとしたら,めったに漂着しない希少種の可能性もあります。大仕事になりそう,ということで,科博から両先生を含む5名が急遽北海道まで来て下さることになりました。
松石先生と松田さんは残念ながら調査に行けなかったため,調査隊のリーダーは私が務めることになりました。そしてなんと,東京からTV取材も入ることに。いつもと違うことだらけでどきどきしながらも,久々の大物に気が引き締まる思いでした。
北海道内の調査員は,各大学から集結したツワモノ7名。早朝に出発して科博より先に現場入りし,クジラを確保する役目です。
現場について海岸に目をやると,いたいた!たしかにクジラが横たわっています。しかし,波に洗われてゆらゆら揺れ,今にも流れ出しそうです。
「すぐにカッパ着て,クジラを確保しよう!」
急いで支度をして海岸へ。みんな調査には慣れているので,5分ほどでパッキングをほどいて胴長と防寒着を着ます。ところが…
クジラの姿が見当たりません。
さっきまで波打ち際で転がっていた巨体が,どこにもないのです。
その時の絶望感あふれるLINEのやりとりがこちら…
10:13 黒田 速報 クジラ流失中です。
一度現場にあるのを視認(浜の波打ち際にいた)して、レインコートを来て戻る一瞬の間にいなくなってしまいました。田島さんには少し前に連絡済です。科博チームはとりあえず現場に向かってくださいます。もう悔しすぎて倒れそう
10:14 松田 どひゃーーーー
10:16 黒田 膝から崩れ落ちた
10:18 松田 視認できない距離まで?
10:19 黒田 畜大が双眼鏡でだいぶ遠くまで探してくれてるんだけど、影も形もない…なぜ…
10:19 松田 ええ、そんなことあるぅ…
10:20 黒田 本当に。みんなこの目でクジラは見たんや…なのに5分とかの間に消えた…
10:25 松田 5分で流れちゃうのか…沈んじゃってるのかな…
10:28 黒田 漁港の堤防で、上から見てみたりもしたんだけど見えないわ…沈んでると思う…。
結局,いくら探してもクジラは見つからず,調査は諦めざるをえませんでした。
東京からわざわざ来てくださった山田先生,田島先生,調査員の皆様,TVクルーの皆様にはまったくの無駄足となってしまいました。本当に申し訳なさで消えてなくなりたい気持ちでしたが,皆さんに温かい言葉をかけていただき,せめてこの経験を次の調査に活かそう…と心に誓いました。数々の調査を経験されてきた山田先生,田島先生も,こんな経験は初めてとのこと。全員の心に深く刻まれた出動になりました。
それにしても,あのクジラはいったいどこへ行ってしまったのでしょうか。
あの後,伊達で同じようなクジラがうちあがったという話はとうとう聞きませんでした。
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