寄宿の子どもたちみんなのお母さん
2021/6/2 22:38
一つ前の記事(友人の応援メッセージ)などで、私もハッと思い出したのですが、
日本ではほとんどの子どもが「学区」に従い、あたりまえに近くの小学校へ入学します。
友達や先生と過ごすのは、学校時間と放課後の日が暮れるまでで、
食事、お風呂、睡眠などの生活時間はそれぞれの家庭で…家に帰ると1対1(または1対きょうだい)でお母さんがいて、
子どもにとって、食事の準備や片付け、お掃除や洗濯も「お手伝い」という程度。
友達と一緒に眠るのは「お泊り会」というちょっと楽しい行事だったかと思います。
それに比べると、発展途上国の子どもたちは、実家周辺に学校がなかったり、
様々な問題で、就学の機会が簡単に閉ざされてしまうから、
寄宿舎学校の存在と、その環境の向上は、この子どもたちのため、私たちの大切なミッションだとやはり思います。
キニティウに関わる大人は色々ですが、今日は一人、
「キニティウみんなのお母さん」と呼べるマルマ族の先生、チョムラヌさんを紹介したいと思います。(メイン写真。顔に塗っているのはチョンドン/すぐお隣のミャンマーではタナカと呼ばれる日焼け止め、美肌効果があるお化粧。)
キニティウの寄宿舎には2つの部屋があり、片方は小さな職員室のような小部屋で、
⇧もう片方の部屋に寄宿生30人程(全生徒50人程の内)が暮らしています。
二段ベッド8台に、32人の子どもたちが小人のように一緒に眠るのですが、
チョムラヌさんはここに住み込みで、子どもたちと一緒にこの部屋で眠ります。
(2020年2月に女先生、チャクマ族のクスミカさんが加わり、2人の役目となりました。)
寄宿の子どもたちがそれぞれのお母さんに会えるのは、年に数回の休暇で帰省する以外は、毎月一度、お母さんが学費を納めにやって来る時です。
また(私が)ハッとすることは、なかなか逞しいこの子どもたちが、お母さんにぴったりとくっつく様子を見て、「本当ならいつもこうしていたいんだよな…」と気が付くことです。
チョムラヌさんは長年、そんなお母さんに近い役目を、生徒が入れ代っても務めてきました。
お給料もボランティアのような額なのに、子どもたちの親が納められない学費・寄宿費分まで補うように費やし、
海へスタディツアーで行った時も、女の子(生徒)たちが珍しく、初めて見た貝殻のピアス(それを売るのも海辺の貧しい子どもたちだったりする)を欲しがって、1こ30円程でしたが買ってあげていました。
キニティウの子どもたちの朝は早く、だいたい5時頃に起床して、身支度、朝食(準備や片付けを含む)、掃除などを子どもたち自身(だいたい5~10歳)で行いますが、みんなの足りないところをチョムラヌさんがケアします。
そして、学校時間には先生の仕事を務め、
放課後~22時頃の就寝まで、水汲み、洗濯、入浴(子どもの洗い足りないところも磨く)、学級菜園の手入れや収穫、一日二度の食事調理や、週に一度のおやつや牛乳を与えること、宿題、ビーズ編みを教えたり、
なんと散髪や、サッカーのゴールキーパーにもなって、
もはや、お母さん以上!の役を果たしています。
私の思いをちょっと言うと、ないものねだりかもしれませんが、
子どもたちの寄宿生活は大変だけど、でもこの空間はちょっとうらやましく…
チョムラヌさんの立ち場は、私の憧れでもあります。
支援に規制がある難しい地域ですが、
私だからできること、役目、みんなを喜ばせられる方法がだんだん分かってきたところなので、現地の仲間と協力し、子どもたちを支えていけたらと思っています。
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500円
▷サポーター1人は、生徒4人分の1日の食費を支えられます。
▷サポーター10人で、村のボランティア学生ティーチャー1人に一ヶ月分の手当てを渡せます。
※ボランティアティーチャーは、自身も高等教育へ進学を目指し、教育機関閉鎖中に村へ帰省してる学生。
1,000円
▷サポーター1人は、緊急支援としての食糧・衛生用品袋(約10日分)を一家庭に支援できます。
▷サポーター5人で、毎月の「植林・学級菜園費」を支えられます。
▷サポーター10人で、毎月の「学校医療費」を支えられます。
3,000円
▷サポーター1人は、月10冊程の本を学級文庫に補充できます。
▷サポーター3人で、毎月の「設備修復・維持費」を支えられます。
▷サポーター10人で、教員兼寮母さんとなる3人のスタッフの給与・最低限の生活を支えられます。
10,000円
▷サポーター1人は、村から通う生徒の一家庭に、家庭用浄水器と交換フィルター(半年分)を寄付できます。
▷サポーター10人で、一ヶ月の全員分の食費が支えられます。+学校に来てない村の子ども(生徒の兄弟姉妹等)にも少し提供できます。