コマンダンテとコンピューター
2026/11/6 23:29

米国の中間選挙でトランプ大敗が分かったとき、キューバを思いました。対キューバ強硬派が退散して外交回復の兆しが見えればよいけれど、トランプ大統領がそのレガシーを残す目的で、暴力的な攻撃、政権の転覆に踏み出すなんてことが起きないか、恐怖もおぼえました。前者だといいのですが。
2014年12月、オバマ政権下で、米国とキューバの国交正常化が公表されました。ハバナの街にアメリカ人の姿が見られるようになり、少し潤った雰囲気に。ある日、同じバス停で待つアメリカ人が、やっと来たバスに乗車したとき、キューバ人運転手に向かって「15分も待ったんだぞ!怒」というと、彼は「こっちは55年も待ったよ!(正常化まで)」と言い返し、舌を出して笑いました。
キューバ人の反骨気質は多かれ少なかれ、長年の「コマンダンテ(司令官という意・親しみをこめてこう呼ばれていた)」・フィデル・カストロから来ているように思います。ピースボートは、2010年と2012年の2回、コマンダンテと面会する機会に恵まれました。すでに、壇上を支えられながら歩く長老のおじいちゃんでしたが、言葉を発するとカリスマを光らせ、「私たちは歴史に会っている」と感じたものです。
コマンダンテに直接会ったのはこの2回でしたが、交流プログラムを作るために訪ねた学校、病院、研究所、保育所、役所など、あらゆる場所で彼のサインやメッセージを見つけました。市民が働く場所、学ぶ場所をよく訪ね、激励し、サインを残していったのです。施設の案内人は、よくそれを誇らしげに見せてくれました。中でも印象的だったのは、コンピューター学校(Palacio de la Computación)でした。経済危機にありながら「デジタル革命」を掲げ、国民に未来へのビジョンをコマンダンテが訴え、設立されました。数年かけ、かなりの成果を生み出したと聞きます。この施設とフィデルの絆は長く続き、設立1991年以来、ことあるごとに訪ねてきたそうです。
訪問者記録帳に、コマンダンテの言葉がありました。設立時はなんと、「羨ましい(Siento envidia)」のたったひとこと。そして最後の訪問時の言葉は、「もう羨ましくない(Ya no)」(なぜなら、私も習ったから)でした。あの大きな体を丸め、太い指でカチカチとコンピューターをいじったのでしょうか。
何歳になっても「羨ましい」に留まらず、自らを成長させていったコマンダンテ。今年は生誕100周年でした。そしてなんと、彼が国家元首になった日が1976年12月2日。誰かの誕生日なのです。





