核兵器をなくす日本キャンペーン・専務理事補佐の松村真澄です。「まっすん」と呼ばれています。12月2日、50歳を迎えます。
誕生日をまたぐ11月30日から12月4日には、「核兵器禁止条約」の第1回再検討会議が行われます。私はいま、その様子をみなさんに伝えられるよう準備中です。
条約の再検討会議を機に、自分の人生も勝手に再検討します。奮闘する私と、「核兵器をなくす日本キャンペーン」を応援してください。年齢にちなんで目標は50,000円です。
ストーリー
■ 私と「核兵器廃絶」
2001年、地球ー周の船旅ピースボートに乗船しました。訪問地のキューバに魅せられた私は、その後スタッフになり、キューバやベネズエラといったラテンアメリカの国々で交流プログラムを作るようになりました。ピースボートでは、2008年、広島と長崎の被爆者と旅をする「ヒバクシャ地球一周 証言の航海」が始まりました。私はラテンアメリカの国々で、被爆証言会を企画するようになりました。そこで初めて、被爆者に出会いました。お話したり、お酒を酌み交わしたりするうちに、とても仲良くなりました。証言会の前日には、「これで伝わるかしら」と遅くまで証言を見返す姿を目の当たりにしました。「この人たちが言うのであれば、核兵器廃絶は必要なんだ」と思うようになりました。それが私の原点です。

■ 私と「核兵器禁止条約」
国際条約というと、壮大なもの、かけ離れたもの、と感じるひとも少なくないでしょう。私もそのひとりでした。条約は紙上のもの、背広を着たひとたちが上の方でぐるぐる話し合っている、というイメージでした。でも、この条約に関しては違ったのです。被爆者のみなさんが、この成立を泣いて喜んだのです。私は、「なんだなんだ?そんな重要なものなのか?」と勉強するようになりました。勉強して関わるようになったら、その批准国(締約国)が集まって話し合う「締約国会議」に参加することになりました。私は、被爆者でなくても、被爆地でなくても、核兵器をなくそうと活動する多くのひとびとに出会いました。条約のそれぞれの条項に担当を決めて、具体的かつ協力的に進めて行こうというエネルギーに、大きな可能性を感じたのです。「核兵器ってなくせるのかも!」というマインドセットがされた瞬間でした。そうに思える人が増えるよう、企画を行うようになりました。そもそも核兵器禁止条約とは?と思う方は、11月18日に行う配信イベント「そもそも解説!核兵器禁止条約『再検討会議』」をご視聴ください。

■ 私の半世紀
私も50歳になって。老眼が始まり、忘れっぽくもなりました。考え事をするときによくやっていた壁倒立も、先日は怖くてできなくなっていました。最近は祖母を見送り、「いつかは私も、この星にさよならを…」などと考えることも。しかし!「50歳」と調べてみると、「早寿:人生100年時代の折り返し地点として健康と長寿を願うお祝い」とあるではありませんか。これを機に、自分の半世紀を反省しつつ、多くの方々の支えに感謝し、次の50年に向けての出発とできたらと思っています。勝手に、人生の「再検討会議」です!
■ 後半戦、応援してください
熱しやすく冷めやすく、失敗や逆境を乗り越えるのが苦手な私が、おかげさまで50歳になろうとしています。そんな私が「続けよう!」と言えるのは、この核兵器をなくす日本キャンペーンです。
この1か月、これまでの経験や思いを綴っていきます。「ますみ、がんばれ!」と思われた方、私の後半戦を応援するつもりで、キャンペーンへのご支援をお願いします。






