韓国のともだち
2026/11/4 16:12

2005年、ピースボート地球一周第48回クルーズに、スタッフとして乗船しました。当時、ピースボートと韓国の聖公会大学は交換留学の提携を結んでいました。聖公会大学の学生がピースボートで地球一周し、ピースボートに乗船した若者もソウルにある聖公会大学で留学生として受け入れてもらうというものでした。そのクルーズには、ミソン、モハン、ウンジ、クーキーという4人が乗船していました。飲むのが大好きで、よく遅くまで語り明かしました。私たちの仲が深まったのは、チリのバルパライソでの検証プログラムに参加したとき。70年代のピノチェト政権下で行われた人権侵害や、それに抵抗した市民運動について学ぶもので、記憶の地や、資料が残る大学などを訪ねました。案内役はネルソン・カブレラさん(2023年に他界)で、当時運動に関わり、拘留、拷問された経験がありました。生々しい彼の証言に、日本からの参加者は驚愕する一方で、独裁、民主化運動の記憶が新しい韓国からの4人は頷きながらメモを取り、それをネルソンさんに説明し、連帯の意を表したのです。私は訳しながら感動したのを覚えています。
下船後も、彼女たちとの交友はしばらく続きました。ある年、クーキーが結婚することになり、ソウルで行われるパーティーに参加することになりました。そこである出来事が起こりました。着物で会場に向かったので、少し目を引いたのでしょう。酒を浴びたおじさんが近づいて来て、鬼の形相で私に怒号を浴びせ始めました。「イルボン」と聞こえたので、日本のことを言っているのが分かりました。私は返すこともできず、ただ立ち尽くすのみでした。そのときです。一緒にいたモハンが間に割って入り、「●×■△?※マッスン=”#&#&=”!(「まっすんは友達の結婚式にきたの!」と理解しました)」「イルボン&%■◇ハンゴック(=%’¿#%&’!!!(「いま、日本と韓国で仲良くできるんだよ!」←これも私の勝手な理解)」と、おじさんを説得しました。おじさんは不本意そうな顔をしながらも、モハンの情熱的な説得に畳み込まれてその場を去っていきました。
私たちは遅れぬよう足早に移動し、パーティーに参加しました。韓国のホームドラマのような雰囲気の中で投げられたブーケをキャッチし(写真)、その後もカラオケで盛り上がってしまったので、あのときのことを詳しく聞くのを忘れてしまいました。そのまま数年が経ち、私の勝手な訳は合っていたのかどうか、いまも分かりません。でも、いまも変わらず忘れないでいるのは、あのとき勇敢に立ち向かってくれたともだちの姿です。





