41歳で亡くなった奈良・吉野の詩人、池田克己。
雑誌や詩誌に散在していた詩論、評論、投稿詩への選評、編集後記などを集め、『池田克己詩論集』として刊行します。
500冊を制作し、図書館・教育機関への寄贈、詩の教室の教材などを通して、70年以上の時を越えて池田の言葉を次の世代へ届けます。
目標金額20万円。
一冊の本を作るためだけではありません。
500冊の言葉を、未来へ送り出すためのプロジェクトです。
ストーリー
詩は、まだ終わっていない。
本当の自分に出会うための表現とは。
そして、自由とは。
奈良県吉野に生まれ、41歳で亡くなった詩人・池田克己。
池田は詩を書くだけでなく、「詩とは何か」「表現とは何か」「自由とは何か」を問い続けました。
また、雑誌や詩誌の編集に携わり、多くの投稿詩を読み、若い書き手たちと向き合った編集者でもありました。
しかし、池田が残した詩についての文章の多くは、一冊の本としてまとめられることなく、戦前・戦後の雑誌や詩誌などに分散したまま残されています。
私たち「NPO法人 吉野龍門が生んだ詩人池田克己顕彰会」は、それらを集め、整理し、現代の読者が読める形にした
『池田克己詩論集』
を刊行します。
そして、この本を販売するのではなく、図書館や教育機関への寄贈、詩の教室の教材などを通して、次の世代へ届けたいと考えています。
そのために、500冊の刊行と寄贈に必要な費用として、20万円のご支援をお願いいたします。

収録作品
- 我が詩歴 ― 最初の敗亡
- 中学生のための現代詩鑑賞
- 実験室(投稿詩選評)
- リアリズムとその批判(講演録)
- 「詩論」と「抒情詩集」についての走り書き
- インキのこぼれている食卓での雑談(詩誌『日本未来派』雑記)
- 「下司の勘ぐり」与える生真目な指正(菊岡久利との論争に関わる抗議文)
- 日本未来派編集後記
巻末「池田克己詩論集解説」 しばた友紀
違うまま、言葉をあきらめないために
池田克己の言葉をまとめて一冊の本にしようと思ったとき、私は最初、これを「詩論集」と呼んでよいものか少し迷った。
ここに収めた文章の多くは、体系的な詩論として書かれたものではない。雑誌の編集後記であったり、投稿詩の選評であったり、同時代の詩人について書いた文章であったりする。食卓での「雑談」と名づけられた文章さえある。
けれども、読み続けているうちに、そこに一つのものが繰り返し現れてくることに気づいた。
池田克己は、詩を決めようとしない。
何が詩であるか。
何が正しい表現であるか。
詩人はどう書かなければならないか。
その答えを得ようとして書いているように見えながら、答えにたどり着くと、そこをまた疑っている。
『実験室』という名前は、そのことをよく表している。
池田にとって、詩を書くことも、詩を読むことも、完成された何かに近づいてゆくことではなかったのではないか。
すべては模索であり、実験である。
今日得たものによって昨日を否定し、明日には今日を否定するかもしれない。その不安定な場所にとどまり続けることを、池田は恐れていない。
むしろ、そこから動かなくなることを恐れていたのだろう。
現実は一つではない。
池田の文章には「現実」という言葉が何度も現れる。
しかし、彼がいう現実は、目の前にあるものをそのまま写し取れば得られるものではない。
現実らしく書くことがリアリズムなのでもない。
人間は同じものを見ても、同じものを見るわけではない。
同じ町に暮らし、同じ時代を生き、同じ出来事の前に立っていても、そこに見えている世界は一人一人違う。
その違いを消してしまえば、現実に近づくどころか、かえって現実から遠ざかる。
外に世界があり、それを正確に写せば真実になるのではない。
人間が世界に触れ、その人間の内部を通り、言葉になったとき、そこにはじめて別の現実が生まれる。
詩は現実の複写ではない。現実をもう一度つくる行為である。
そう考えると、池田が既成の「詩らしさ」をこれほど嫌った理由もよくわかる。
美しい言葉。
甘い抒情。
詩らしい韻律。
詩人らしい感情。
それらが悪いのではない。
それらだけが「詩」であると決められた瞬間に、その形式に入らない人間の現実が排除されるからである。
「わからない」ものを排除しない。
池田自身の詩は、難解だといわれた。
『実験室』にも、そのことについて考えた文章がある。
興味深いのは、池田が「わかる詩」を書こうという結論に向かわなかったことである。
人間の内部にあるものが、いつも整然としているはずはない。
私たちは、自分自身のことでさえ、すべてを説明することはできない。
矛盾している。
飛躍する。
昨日考えていたことと今日考えていることが違う。
自分でも名前をつけられない感情がある。
それを、他人に理解できる形に整えてからでなければ表現してはいけないのだとすれば、言葉になる前に失われてしまうものがある。
詩は、そのすべてを引き受けることができる唯一の表現である。
意味がわかることだけが、言葉の価値ではない。
意味になる前のものを、そのまま受け止めることもまた、詩を読むということなのではないだろうか。
『実験室』で池田が見ていたもの
今回、『実験室』をまとめて読んで、私はとても驚いた。
池田は投稿された詩を、単純に上手い、下手で選んでいない。
未熟な作品にも目をとめる。
技術的には整っていても、そこに疑問を呈することがある。
彼が見ようとしているのは、その人がなぜ詩を書かなければならなかったのかということではなかったか。
そしてその言葉がどこから出てきたものか。
都会にいる人もいる。地方にいる人もいる。文学的な環境に恵まれた人もいれば、周囲に詩を語る友人さえいない人もいる。
池田は、それらの人々を一つの基準に並べて、優劣だけを決めようとはしない。
一篇一篇の背後に、一人の人間がいる。
これは当たり前のことのようでいて、批評にとって非常に難しいことだと思う。
人を分類することは簡単である。
優れている。
劣っている。
新しい。
古い。
正しい。
間違っている。
しかし、その分類からこぼれ落ちたものを見ることは難しい。
池田は、そこを見ようとした。
そしてその叫びと聞こうとした。
だから彼にとって投稿者と選者は、上から下へ評価を与える関係ではなかったのだと思う。
互いに一人の人間として向き合う。
彼がそれを「格闘」と呼んだことを、私はとても重要だと思っている。
少数者であるということ
池田の文章を読み続けていると、「少数者」という言葉が次第に重くなってくる。
池田は、詩や散文を「少数者的抵抗の仮定表現」と書いた。
近ごろ詩の形式論が一部でやかましいようであるが、この少数者的抵抗を忘れた形式論などたわいなしという他はない。
(「インキのこぼれている食卓での雑談」3)
この言葉を、私は単に、詩人は世間に理解されない少数者である、という意味には読みたくない。
多数であることによって、正しさが保証されるわけではない。
一人しか見ていないものがある。
一人しか感じていない痛みがある。
まだ名前を与えられていない現実がある。
百人が同じことを言っていて、一人だけ違うことを言っている。
そのとき、百人の側に真実があるとは限らない。
だから、その一人の言葉が存在できる場所を残しておかなければならない。
私には、池田にとって詩とは、そのための場所でもあったように思える。
自由であること
『日本未来派』について書かれた文章にも、同じ考えが流れている。
雑誌は一つの思想に人を集める場所ではない。
同じ詩を書かせる場所でもない。
そこにいる詩人たちは、それぞれ違っていてよい。
池田は『日本未来派』を、一つの完成された様式へ導こうとはしなかった。
これは編集者として、実はとても勇気のいることだろう。
編集とは、ともすれば統一する仕事になる。
しかし池田は、統一することより、異なるものが異なるまま存在できる場所をつくろうとした。
それは放任ではない。何を書いてもよいという無関心でもない。
だからこそ池田は激しく批評する。
違う人間を違うまま認めるということは、その人を見ないことではない。
むしろ、よく見ることである。
相手を自分と同じものにして理解したつもりにならず、違うものとして、なお向き合うことである。
そこには厳しさが必要になる。
池田の批評が、ときに驚くほど激しいのは、そのためではないかと思う。
正しさからこぼれるもの
私たちは、正しいものを求める。
それは必要なことである。
けれども、正しさは、ときに人間より大きくなってしまう。
一つの思想、一つの道徳、一つの美意識、一つの時代の価値観が「正しいもの」になったとき、そこに入らない人間は、 間違ったものとして扱われる。
池田が生きた時代は、そのことを極端な形で経験した。
だから私は、池田の詩論を、文学の技法についてだけ書かれたものとして読むことができない。
「どのような詩がよいか」という問いの向こうに、 人間を一つの尺度で測ることができるのかという問いがあるように思えてならない。
詩が自由でなければならないのは、詩人が好き勝手なことを書くためではない。
人間が、他の誰かと同じ人間になることを要求されずに存在するためである。
詩は完成しない
池田克己は四十一歳で亡くなった。
そのため、彼の詩論には「完成した体系」がない、と見ることもできる。
けれども、この本を編み終えようとしている今、私はむしろ逆に考えている。
池田の詩論は、完成しなかったのではない。
完成することを拒んでいたのではないか。
昨日の自分を今日の自分が否定する。
今日の自分を明日の自分が越えてゆく。
そのたびに、言葉はもう一度考え直される。
だから「実験」は終わらない。
池田が亡くなったあとも、日本語は変わった。社会も変わった。詩も変わった。
けれども、人間が人間を一つの物差しで測ろうとすることは、なくなっていない。
わからないものを排除することも、異なるものを異常なものとして扱うことも、少数の声を聞こえないものにすることも、なくなってはいない。
だから私は、七十年以上前に書かれたこれらの文章を、過去の詩論としてだけ読むことができなかった。
池田克己が探していたものは、まだ完成していない。
そしておそらく、完成させてはいけないのだと思う。
違うものを、違うまま見ること。
わからないものを、わからないという理由だけで捨てないこと。
自分の正しさを、もう一度疑ってみること。
そして、まだ言葉になっていないもののために、言葉を探し続けること。
その場所に、詩がある。
池田克己のいう「未来」とは、遠い時代のことではなかったのかもしれない。
まだ決められていない場所。
まだ別のものになれる場所。
私は、その場所を「未来」と呼びたい。
(詩人池田克己龍門記念館館長)
詩人・池田克己とは
池田克己は1912(明治45)年、奈良県吉野郡龍門村に生まれました。
若くして詩作を始め、戦前・戦後を通じて詩や評論を発表。戦後には詩誌『日本未来派』の編集に携わりました。
1953(昭和28)年、41歳でその生涯を閉じます。
短い生涯でした。
しかし、池田が残した仕事は、自らの詩作品だけではありません。
他者の詩を読み、若い書き手と向き合い、詩の未来について考えること。
それもまた、池田克己の重要な仕事でした。
「すべて模索であり、実験である」
池田克己の編集者としての姿がよく現れている文章のひとつが、『文芸首都』の投稿詩欄「実験室」です。
池田は、当時の詩の仕事についてこう書きました。
「すべて模索であり、実験である」
詩には、誰もが従わなければならない完成された「かたち」があるのではない。
池田は、自分自身の詩の好みや固定した基準を投稿者に押しつけることを避け、**「百人百様の詩」**と向き合おうとしました。 詩論集原稿
そして、若い投稿者たちにさまざまな詩人の作品を読むことを勧めながら、模倣するのではなく、自分自身の個性から生まれる詩を求めました。
人の書いたものを、どう読むのか。
自分とは違う表現に、どう向き合うのか。
そして、自分自身の言葉をどう見つけるのか。
池田が70年以上前に考え続けた問題は、現在の私たちにもつながっています。
なぜ、いま『池田克己詩論集』なのか
池田の詩についての思想は、一冊の体系的な「詩論」として残されたわけではありません。
自らの詩歴を振り返った文章。
「詩とは何か」を考えた文章。
投稿された詩への選評。
リアリズムをめぐる評論。
そして、『日本未来派』の編集後記。
それらは、池田が実際に詩を書き、他者の詩を読み、雑誌を編集するなかで生まれた言葉です。
今回の『池田克己詩論集』では、それらを「詩人になる」「詩とは何か」「現実と表現」「詩と少数者」「詩と自由」の五章を中心に構成しました。 詩論集原稿
さらに、人物・用語解説、初出一覧、出典、略年譜などを加え、初めて池田克己を読む方にも、その時代と思想をたどっていただける一冊を目指しています。
古い資料を、そのまま復刻するのではなく
私たちが作ろうとしているのは、古い文章をそのまま複製しただけの本ではありません。
原資料を確認しながら本文を整理し、原文をできる限り尊重しつつ、旧字体・異体字は原則として現在使われている字体へ、歴史的仮名遣いは現代仮名遣いへ改めました。
明らかな誤植・脱字などについても文意を損なわない範囲で整理し、初出についても記録しています。 詩論集原稿
70年以上前の言葉を、資料の中に眠らせるのではなく、いま読める本にする。
それが、この出版の目的です。
原稿は、すでにほぼ完成しています。

500冊を「売る」のではなく、「届ける」
今回刊行する『池田克己詩論集』には、販売価格を設定しません。
A5判・並製/約180ページ/500冊。
刊行した本は、図書館・教育機関等への寄贈、詩の教室の教材、池田克己の顕彰活動などに活用します。
また、今後、顕彰活動を支えてくださる方々へ、活動報告や謝意の一環としてお届けすることも考えています。
図書館の棚に残る一冊。
授業や詩の教室で開かれる一冊。
詩を書こうとしている誰かが手にする一冊。
そして何十年後かに、偶然誰かが見つける一冊。
500冊には、500回の「出会い」の可能性があります。
私たちは、その可能性を未来へ送り出したいと思っています。
20万円で、500冊を未来へ。
目標金額 200,000円
皆さまからいただいたご寄付は、『池田克己詩論集』500冊を刊行し、届けるための
印刷・製本費
編集・制作費
図書館・教育機関等への寄贈に伴う送料
などに使用します。
刊行予定:2026年12月1日
本を作ることだけがゴールではありません。
完成した500冊を、その言葉を必要とする場所へ届けるところまでが、このプロジェクトです。
池田克己の言葉を、1953年で終わらせない
池田克己は41歳で亡くなりました。
けれど、池田が問い続けたことは、終わっていません。
詩とは何か。
表現するとは、どういうことなのか。
自分とは違う言葉を、どう受け止めるのか。
そして、自由とは何か。
『池田克己詩論集』を編集するなかで、私たちは何度もこれらの問いに出会いました。
70年以上前の文章なのに、過去のものとして読むことができない。
むしろ、答えが簡単に与えられ、誰かの価値観に自分を合わせることが容易になった今だからこそ、もう一度読まれる意味があるのではないかと考えています。
過去を保存するだけではなく、未来に問いを残す。
そのための本にしたいと思っています。
詩は、まだ終わっていない。
本当の自分に出会うための表現とは。
そして、自由とは。
図書館へ。
教育の現場へ。
詩を書く人のもとへ。
20万円で、500冊を未来へ。
『池田克己詩論集』の刊行と、その先へ本を届ける活動に、どうかお力をお貸しください。
NPO法人 吉野龍門が生んだ詩人池田克己顕彰会






