月と風と設立経緯
2020/5/12 07:30
代表の清田です。今回は月と風と法人設立経緯を書きたいと思います。
関西学院大社会福祉学科卒業後、紳士服屋さんで販売員をしていた24歳の清田。お店にお客さんがきた瞬間、身なり家族構成車、などで大体の収入状況がわかり、その人にあった値段よりちょっと高めのスーツを売る。という特殊能力(今は減退)をもったことに『こんな大人になりたかったのかな?おれブルーハーツを裏切ってないかな?』と疑問を持ち退社。
人にやさしく情熱の薔薇をさかせながら働きたいと福祉の資格をとり兵庫の入所型障害者施設に就職。生まれたらしょうがいがあった。だけの人を『仕方ない』の一言でテレビのない4人部屋に入れ、作業が遅いと職員が怒る。なんだここは、おれなら絶対いたくない。その言葉に実感こめるため、変えたいアイデアを職員会議でだしました
●キヨタが1か月4人部屋で寝泊まり
●犬を施設で飼い、色んなしょうがいある人が毎日かわるがわる散歩につれていく
●大食堂のメニューを利用者さんのふるさとメニューに
●近くの大学の手話サークルの人らと手話講座開催
●人参玉ねぎジャガイモを園内の畑で栽培、収穫後カレーをつくり地域の人のふるまう
●野球日本シリーズ、サッカーW杯の時は仕事短縮
●軽作業中FMを流す
●カリスマ美容師(2003年当時)にきてもらう
●利用者全員に携帯を配布、門限撤廃
●利用者さんの自治会をつくる
もっともっとあった気がしますが、上記のものは全て却下されました。交渉するのもダメでした
●ルミナリエに一緒にいく
●USJに一緒にいく
●利用者同士のかけおちに手を貸す
●目の見えない同士のカップルの家に、利用者とおじゃま
●三宮のスナックに一緒にいく
●一泊旅行で広島
●実家への里帰りについていく
● 近くの大学の手話サークルに利用者といく
●しょうがい当事者団体の飲み会に利用者といく
これは実現できました。しかしどれも組織の合意を得てない個別的なもの。利用者さん50人全員への待遇改善にはいたらず。思いついたことを実行できないのがとても不誠実だ、地域福祉のことを本当に知らないといけないのは職員だと感じ、その施設を退職しました。そして設立へ・・・。
あっとけっこうな文量になりました。続きはまた書きます!
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